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  • 執筆者の写真弁護士古賀象二郎

福岡の弁護士が未払残業代請求(時間外手当,休日労働手当)の仕組みを分かりやすく・詳しく解説します

更新日:2020年8月31日

 本日は,未払残業代請求(時間外手当,休日労働手当)の仕組みを分かりやすく・詳しく解説します。さらに発展的なトピックについては,それぞれ個別にブログで取り上げます。


【執筆した弁護士】

古賀 象二郎(こが・しょうじろう)弁護士

1974年,佐賀県鳥栖市生まれ。一橋大学経済学部を卒業後,民間企業に勤務。神戸大学法科大学院を経て,2009年に弁護士登録。

事務所名:古賀象二郎法律事務所(福岡市中央区) URL:事務所HP

日本弁護士連合会会員・福岡県弁護士会会員 URL:会員情報


<本日の内容>

1 時間外の割増賃金,休日の割増賃金の基本的な考え方

2 深夜の割増賃金

3 時間外割増賃金,休日割増賃金,深夜割増賃金の規制に違反した場合

4 割増率の基本

5 労働場面毎の実際の割増率

6 法定労働時間と所定労働時間,法定休日と所定休日

7 「通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額」

8 「月によって定められた賃金」などの範囲

9 労働時間

10 管理監督者

11 固定残業手当など

12 遅延損害金

13 消滅時効

14 付加金


1 時間外の割増賃金,休日の割増賃金の基本的な考え方

 いわゆる「残業代」,「時間外手当」,「休日労働手当」は,労働基準法上では割増賃金といいます(労働基準法37条1項)。

この割増賃金が発生するのは,まず,「使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合」です(労働基準法37条1項)。労働基準法33条は,災害等による臨時の必要がある場合でそう見掛けるものではありません。実際に割増賃金が発生するのは,「前条第一項」,すなわち,事業場において労使で締結し,行政官庁に届け出た時間外・休日労働協定(いわゆる「36協定」)による場合が大半です(労働基準法36条1項)。

 そして,「労働時間を延長し」とは,休憩時間を除き1週間に40時間,休憩時間を除き1日8時間の法定労働時間(労働基準法32条)を超えて労働者を労働させること,「休日に労働させた」とは,1週1回又は4週4回の休日の法定休日(労働基準法35条)に労働者を労働させることをいいます。

 なお,ここでいう「1週」「1日」とは,就業規則等に別段の定めがないかぎり,日曜から土曜の暦週,0時から24時までの暦日を指し(昭63・1・1基発1号),「休日」も暦日(0時から24時までの24時間)を指すものと解されています(昭23・4・5基発535号)。


 法定労働時間を超えて使用者が労働者を労働させたときに支払いを義務づけられるのが時間外の割増賃金(時間外割増賃金),法定休日に労働者を労働させたときに支払いを義務付けられるのが休日の割増賃金(休日割増賃金)です。時間外割増賃金・休日割増賃金は,「通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金」とされています(労働基準法37条1項本文)。

 未払の「残業代」,「時間外手当」,「休日労働手当」を請求するときは, 通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額に2割5分や3割5分の割増率を加えて請求していますが,労働基準法では,時間外割増賃金と休日割増賃金につき,それぞれ割増部分しか定めておらず, 通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の支払義務について明文は置いていません。しかし,労働基準法37条で割増部分の支払いを使用者に命じている箇所は, 通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額に加えて支払うという意味であると理解されています。すなわち,「割増賃金」という文字は10割の基本賃金を含むものであり,この基本賃金部分を支払わないで2割5分の割増分を支払っただけでは割増賃金を支払ったとはいえないということです(水町勇一郎『詳解労働法』(東京大学出版会,2019年)683頁)。


 労働基準法37条「割増賃金」の意義が争われたのが,藤香田商店事件(広島高判昭和25・9・8労刑集55号636頁)です。医薬品及び衛生材料の卸売を目的とする有限会社である藤香田商店の代表者が,労働者に対し,早出,残業等の時間外労働をさせながら割増賃金の一部しか払わなかったのが,労働基準法37条,119条1号違反だとして起訴された事例です。


 公判で,藤香田商店の代表者は,労働基準法37条は2割5分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならないと規定しているのであるから,時間外労働に対しては基礎賃金の2割5分に当たるものだけを支払えば足りるのであって,その支払いは現実に行っているのであるから,規定の違反はなく無罪であると主張しました。


 しかし,判決は藤香田商店の代表者の主張するようには労働基準法37条を解釈せず,労働基準法37条の時間外労働の割増賃金については時間外労働における労働の基礎賃金のみならず,さらにこれに2割5分以上を加えた賃金,すなわち12.5割以上の賃金を支払うのでなければ2割5分以上の割増賃金を支払ったとはいえないとして, 労働基準法37条,119条1号違反で藤香田商店の代表者に執行猶予付きの有罪判決を言い渡しました。

 このように労働基準法37条を解釈する理由を,判決は,「労働基準法は労働者を資本家と対当の地位迄高め労資相方が対当、公平の立場に於て処遇されることを目的とするものであるから」としています。


 以上まとめると,労働基準法は,1週40時間,1日8時間の労働時間を超えた労働,1週1回又は4週4回の休日の労働を原則禁止し,例外的に使用者が労働者を労働させる場合,その労働時間に応じ, 通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額のみならず,労働基準法が定める基準以上の時間外割増賃金,休日割増賃金を支払わなければならないとしています。


2 深夜の割増賃金

 法定労働時間や法定休日における労働とは視点を変え,深夜という時間帯に着目した深夜の割増賃金(深夜割増賃金)という規制も労働基準法は置いています。深夜の割増賃金の支払義務を使用者が負うのは,労働者を午後10時から午前5時まで(厚生労働大臣が必要であると認める場合においては,その定める地域又は期間については午後11時から午前6時まで)の間において労働させたときです。深夜割増賃金は,「通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金」とされています(労働基準法37条4項)。この部分も通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額に加えて深夜の割増賃金を支払うという意味であることは,時間外割増賃金,休日割増賃金と同じです。


3 時間外割増賃金,休日割増賃金,深夜割増賃金の規制に違反した場合

 時間外割増賃金,休日割増賃金について,労働基準法37条1項は,労働基準法33条の災害等による臨時の必要がある場合,労働基準法36条1項の36協定による場合に法定時間外労働,法定休日労働をさせたときに発生するとしています。では,労働基準法33条の災害等による臨時の必要がある場合でもなく,労働基準法36条1項の36協定による場合でもないのに,使用者が労働者に法定時間外労働,法定休日労働をさせたときはどうなるか。

 まず,使用者は,労働基準法32条(労働時間),35条(休日)違反で,6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金という罰則が科される可能性があります(労働基準法119条1号)。労働基準法で使用者とは,「事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいう」とされていますので(労働基準法10条),事業主だけでなく,人事部長といった地位にある者も上記罰則が科される可能性があります。

 また, 労働基準法33条の災害等による臨時の必要がある場合でもなく,労働基準法36条1項の36協定による場合でもないのに,使用者が労働者に法定時間外労働,法定休日労働をさせたときも,時間外割増賃金,休日割増賃金が発生するとされています。この場合は罰則が科されるので時間外割増賃金,休日割増賃金は発生しない,とは理解されていません。

 では,使用者が,労働基準法33条の災害等による臨時の必要がある場合,労働基準法36条1項の36協定による場合に労働者に法定時間外労働,法定休日労働をさせたが,割増賃金を支払わなかった,あるいは労働基準法が定める基準未満の割増賃金しか支払わなかったときはどうなるか(このときに使用者に時間外割増賃金,休日割増賃金の支払義務が発生することは,すでに述べたとおりです。)。

 この場合,使用者にはやはり労働基準法37条違反で,6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金という罰則が用意されています(労働基準法119条1号)。

使用者が,労働者に深夜に労働をさせたが割増賃金を支払わなかった, 労働基準法が定める基準未満の割増賃金しか支払わなかったときも,使用者には労働基準法37条違反で,6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金という罰則が用意されています(労働基準法119条1号)(このときに使用者に深夜割増賃金の支払義務が発生することも,すでに述べたとおりです。)。


★2018(平成30)年の働き方改革関連法は,36協定による時間外労働について法律上罰則付きで上限を設定するという重要な法改正を行ってます。詳しくは以下のブログをご覧ください。


★2018(平成30)年の働き方改革関連法は,36協定による時間外労働について法律上罰則付きで上限を設定するにあたり,労災補償の過労死認定基準に合わせている点があります。労災補償の過労死認定基準の概要については,以下のブログをご覧ください。


4 割増率の基本

 時間外の割増賃金,休日の割増賃金の割増率は,「通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率」とされています(労働基準法37条1項本文)。

 この条文にある政令(労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令)を見ると,「労働基準法第三十七条第一項の政令で定める率は、同法第三十三条又は第三十六条第一項の規定により延長した労働時間の労働については二割五分とし、これらの規定により労働させた休日の労働については三割五分とする。」とあります。すなわち,労働基準法が定める最低限度の割増率は,時間外の割増賃金の場合は2割5分,休日の割増率の場合は3割5分となります。なお,休日労働において1日8時間を超える労働が行われた場合,休日労働に関する規制のみが及び,時間外労働に関する規制は及ばず,8時間を超える部分についても割増率は3割5分となります。

 深夜の割増賃金の最低限度の割増率は,労働基準法37条4項にあるとおり2割5分となります。

 さらに,平成22年4月1日に施行となった労働基準法改正により,法定時間外労働が1か月について60時間を超えた場合,その超えた時間の労働についての時間外の割増賃金の割増率は5割を最低限度とするとされています(労働基準法37条1項ただし書)。この割増率の改正部分については,当分の間中小事業者の事業については適用しないとされていましたが(旧労働基準法138条),令和5年4月1日に施行となる労働基準法改正により,この経過措置規定が廃止となりました。中小事業者についても, 令和5年4月1日からは労働者を1か月60時間を超えて時間外労働させた場合,最低5割の割増率の時間外割増賃金を支払う義務を負うことになります。なお,この1か月60時間を超える時間外労働には,就業日における法定時間外労働時間は算入されますが,法定休日労働時間は算入されないとされています。


5 労働場面毎の実際の割増率

 労働場面毎の実際の割増率の最低限度について整理すると,以下のとおりとなります。


①時間外労働は2割5分(労働基準法37条1項本文,割増賃金令)

1か月60時間を超える時間外労働は5割(労働基準法37条1項ただし書)

③休日労働は3割5分(労働基準法37条1項本文,割増賃金令)(休日労働において1日8時間を超える労働が行われても時間外労働に関する規制は及ばない。)

④深夜労働は2割5分(労働基準法37条4項)

⑤時間外労働と深夜労働が重なる労働は5割(労働基準法施行規則20条1項)

⑥1か月60時間を超える時間外労働と深夜労働が重なる労働は7割5分(労働基準法37条1項ただし書,労働基準法施行規則20条1項)

⑦休日労働と深夜労働が重なる労働は6割(労働基準法施行規則20条2項)


 以上は最低限度の割増率ですから,実際の割増率は,労働契約の内容によることになります。しかし,労働契約の内容が労働基準法の規定する割増率の最低限度を下回る場合には,労働基準法13条により,労働契約のうちの割増率に関する部分は無効となり,以上の最低限度の割増率で割増賃金を算定することになります。


6 法定労働時間と所定労働時間,法定休日と所定休日

 上述のことをより正確に理解するため, 法定労働時間と所定労働時間,法定休日と所定休日の区別をそれぞれ説明しておきます。法定労働時間は労働基準法32条に定める労働時間であり,所定労働時間は労働契約によって定める労働時間です(労働基準法15条,労働基準法施行規則5条1項2号)。いずれも休憩時間を含みません。

 また,法定休日は労働基準法35条が定める週1回又は4週4回の休日であり,所定休日というのは労働契約によって定める休日です。これまで述べて来た時間外労働,休日労働というのは,法定労働時間を超えた労働や法定休日の労働についてです。法定労働時間と所定労働時間が一致しない場合,例えば法定労働時間よりも所定労働時間が短い場合,労働基準法の規制の対象となるのは法定労働時間を超えた労働です。


 法定労働時間と所定労働時間が一致しない場合の,所定労働時間を超え,法定労働時間までの労働時間(いわゆる「法内残業」,「法定内時間外労働」)の扱い,法定休日と所定休日が一致しない場合の,法定休日にあたらない所定休日の労働時間(いわゆる「法定外休日労働」)の扱いは,労働者と使用者との雇用契約で定められた合意の内容によって決まるとされています。

 しかし,雇用契約において,法定内時間外労働や法定外休日労働の賃金についての明示的な定めがないこともあります。この場合,労働者は法定内時間外労働や法定外休日労働として現実に労務を提供しているのですから,法定時間外労働の計算の基礎となる1時間当たりの賃金額に労働時間を乗じた金額(割増をしない)を賃金として支払う合意があると,当事者の合理的意思解釈が可能なことが多いと思われます。


 他方,法定内時間外労働の賃金について明示的な定めがなくとも,就業規則等で,法定時間外労働と法定内時間外労働とを区別することなく同じ割増賃金を支払うとする旨の規定がある場合には,法定内時間外労働についても労働基準法37条の割増賃金を支払うことが合意されたと考えることができることもあります。


 この点に関し,国際会議,学会,イベントの企画・運営を主たる業務とする会社が,元従業員から法定内時間外労働を含む時間外労働の割増賃金の請求を受けた事案があります。日本コンベンションサービス事件(大阪地判平成8・12・25労判712号32頁)です。

 この事件の会社の就業規則は,「時間外勤務に対する賃金は、給与規程第十四条に定める。」と規定していて,その給与規程14条で割増賃金の計算式が定められていました。しかし,給与規程14条が定める計算式では,法定内時間外労働と法定時間外労働を区別していませんでした。そこで,判決は,就業規則上, 法定内時間外労働か法定時間外労働かによって区別をしているわけではないから,法定内時間外労働についても割増賃金を支払う趣旨と考えらえるとして,会社に法定内時間外労働についても割増賃金を支払うことを命じました。


 また,消費生活協同組合が職員より法定内時間外労働を含む時間外労働の割増賃金の請求を受けた事案でも,同様の判示がされています(千里山生活協同組合事件(大阪地判平成11・5・31労判772号60頁))。この組合では,就業規則に基づき給与規程に次のような定めをしていました。


 第四条 賃金の体系は次のとおりとする。

  基準内賃金 …

  基準外賃金 手当(休日勤務手当、時間外勤務手当、食肉仕分手当、通勤手当)


 第二十四条 職員が上司の指示、承認により時間外勤務をした場合においては、勤務一時間につき一時間当たりの算定基礎額に一〇〇分の二五を乗じて得た金額とする。…


 判決では,この協同組合の給与規程においては,単に時間外勤務について割増賃金を支払う旨規定するのみで,法内超過(法定内時間外労働のこと。)と法外超過(法定外時間外労働のこと。)とを特に区別して取り扱っていないのであるから,法内超過についても時間外の割増賃金を支払うことが労働契約上合意されていると解するのが相当であるとしています。


 なお,実際の企業では,法定休日と所定休日は一致しない場合の方が多いでしょう。法定休日よりも所定休日が多い場合, 労働基準法が規制の対象とするのは法定休日の労働です。したがって,週休2日制で法定休日でない所定休日に労働しても労働基準法では休日労働とはされず,他方,法定休日の労働時間が8時間を超えても休日労働に関する規制のみが及び,時間外労働に関する規制は及びませんが,法定休日でない所定休日の労働時間が8時間を超えると時間外労働の規制が及ぶことになります。また,法定休日でない所定休日の労働時間は,法定休日の労働と異なり,週の労働時間や労働基準法37条1項ただし書の1か月60時間に算入されるとされています。


★労働基準法上の労働時間,休憩,休日についてはこちらのブログを参照ください。


7 「通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額」

 割増賃金は,「通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額」を基礎に算出されます(労働基準法37条1項)。ではこの計算額はどう計算するのかというと,労働基準法施行規則19条に計算方法が定められています。

 まず,時給,日給,週給,月給など賃金の支払方法を問わず,1時間当たりの賃金単価を算出します(「次の各号の金額」労働基準法施行規則19条1項)。例えば月給(「月によって定められた賃金」労働基準法施行規則19条1項4号)の場合,その金額を1か月の所定労働時間数で割って計算します。月によって所定労働時間が異なる場合は,1年間における1月平均所定労働時間数で割ります(労働基準法施行規則19条1項4号)。

 そうして算出した賃金単価に,労働基準法33条または労働基準法36条1項の規定による時間外の労働時間数,休日の労働時間数を乗じることで計算される金額を,「通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額」としています。深夜の割増賃金の場合,「通常の労働時間の賃金の計算額」という言葉が使われていますが,計算方法は同様です(労働基準法37条4項,労働基準法施行規則20条)。


8 「月によって定められた賃金」などの範囲

 多くの企業では,労働者に賃金のほかにさまざまな手当・補助が支給されています。そうすると,1時間当たりの賃金単価を算出するにあたっては,そのうちのどこまでを賃金単価算出にあたっての基礎となる賃金とすべきか,月給でいえば「月によって定められた賃金」(労働基準法施行規則19条1項4号)の範囲を確定する必要があります。

 この点については,まず,時間外・休日・深夜労働の対価として支払われる手当で通常の賃金と判別できるもの(例えば,時間外割増手当,夜間看護手当など)は含めないとされています。また,その性質上当該労働を行っても支払われない手当等(例えば,手術以外の業務で時間外労働をした場合の手術手当,集金業務以外で時間外労働をした場合の集金手当など)も含めないとされています。

 さらに,労働基準法37条5項,労働基準法施行規則21条に定めがあり,①家族手当,②通勤手当,③別居手当,④子女教育手当,⑤住宅手当,⑥臨時に支払われた賃金,⑦1か月を超える期間ごとに支払われる賃金は,賃金単価算出にあたっての基礎となる賃金に含めないとされています。


★除外賃金についての詳細はこちらのブログを参照ください。


9 労働時間

 「通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額」(深夜の割増賃金の場合は「通常の労働時間の賃金の計算額」)は,1時間当たりの賃金単価に,労働基準法33条または36条1項の規定による時間外の労働時間数,休日の労働時間数又は深夜の労働時間数を乗じて算出されます。

 労働時間は,「労働者が使用者の指揮命令下に置かれていると客観的に評価できる時間」をいうとされています。この労働時間は実労働時間であり,休憩時間は含みません。労働時間と休憩時間を合わせた時間は,使用者の拘束の下に置かれている時間という意味で,「拘束時間」と呼ばれることもあります。


★労働基準法上の労働時間,休憩,休日についてはこちらのブログを参照ください。


 賃金請求事件において,労働者の賃金請求権は,労務給付と賃金が対価関係に立つこと(民法623条),労働者は約束した労働を終わった後でなければ報酬を請求することができないとされていること(民法624条1項)から,労働義務の履行としての労務の提供が現実になされた場合に発生するものと解されています。そこで,賃金請求事件においては,労働者が使用者に対して労務を提供した労働時間については,賃金を請求する原告(労働者)が主張立証責任を負います。

 したがって,賃金請求事件のひとつである未払残業代請求事件では,労働時間,すなわち労働者が使用者の指揮命令下に置かれていると客観的に評価できる時間は,労働者が主張・立証しなければなりません。


 そしてこの場合,労働時間は,労働日ごとに始業・終業時刻のほか,割増率の関係で賃金単価が異なることから,割増賃金請求期間の1日ごとに労働時間の開始・終了をいう始業時間・終業時間を特定し,そのうちの法定内時間外労働時間,法定時間外労働時間,深夜労働時間,法定外休日労働時間,法定休日労働時間を特定して主張する必要があるとされています。


★労働時間の主張・立証については以下のブログを参照ください。


 もっとも,労働基準法は,使用者に,労働者の労働時間を適正に把握する責務を課しているとされ,厚生労働省もかつて「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」を策定していました(平成13年4月6日基発339号)。そこで,訴訟では,使用者が労働時間を明らかにする証拠の提出を求められるという進行を見ることもあります。


 なお,この使用者による労働時間適正把握の責務は,法改正により労働安全衛生法にその根拠規定が置かれました(労働安全衛生法66条の8の3,労働安全規則52条の7の3)。


使用者の労働時間適正把握義務の方法については次の記事を参照ください。


★労働基準法は,主体的で柔軟な労働時間制度として,フレックスタイム制,事業場外労働のみなし制,裁量労働制,高度プロフェッショナル労働制を設けています。詳しくは以下のブログを参照ください。


10 管理監督者

 労働基準法41条2号は,労働時間等に関する規定の適用除外として,「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者…」を定めています。管理監督者といわれるものです。この管理監督者にあたる労働者は,労働基準法の労働時間,休日に関する規定が適用されず,したがって,時間外労働や休日労働といったことが観念されなくなります。もっとも,年次有給休暇(労働基準法39条)や深夜労働(労働基準法37条4項)に関する規定などは適用除外にならないとされます。

 管理監督者について,行政解釈では,「一般的には,部長,工場長等労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者の意であり,名称にとらわれず,実態に即して判断すべきものである」とされています。

 企業では,比較的広く労働者を管理監督者と扱っていますが,裁判において労働者が管理監督者にあたると判断されることは多くはありません。


★管理監督の詳細については以下のブログを参照ください。


★労働基準法41条では監視・断続的労働従事者も適用除外とされています。監視・断続的労働従事者については以下のブログを参照ください。


11 固定残業手当など

 労働基準法が定める割増賃金の算出方法によらず,定額残業代などとして割増賃金を定額支給としている企業もあります。

 定額残業代には基本給などの総賃金のなかに割増賃金部分を組み込んで支給しているタイプ(基本給組込みタイプ)と,基本給とは別に営業手当,役職手当など割増賃金に代わる手当等を定額で支給するタイプ(別枠手当タイプ)があるとされます。


 基本給組込みタイプが労働基準法37条に適合するかどうかは,①通常の労働時間の賃金に相当する部分と割増賃金にあたる部分とを判別することができ(「判別」要件),かつ,②割増賃金にあたる部分が法定計算額以上でなければ(「割増賃金額」要件),このような支払方法をとることができないと考えられています。

 基本給組込みタイプでは, 通常の労働時間の賃金に相当する部分と割増賃金にあたる部分とが判別できなければ, 使用者は,基本給などの支払いに関わらず,割増賃金の全額を支払う義務を負います。判別要件が認められても,割増賃金に相当する部分が労働時間に応じた労働基準法所定の割増賃金に満たなければ,使用者は,その差額を支払う義務を負います。


 別枠手当タイプでは, 使用者側が定額残業代と主張する部分が「割増賃金に当たる部分」といえるのか,すなわち時間外労働等の対価といえるのがまず問題となります。定額残業代が時間外労働等の対価といえなければ, 使用者は,手当の支払いに関わらず,割増賃金の全額を支払う義務を負います。時間外労働等の対価と認められても,定額残業代が労働時間に応じた労働基準法所定の割増賃金に満たなければ,使用者は,その差額を支払う義務を負います。


定額残業代の詳細については以下のブログを参照ください。


12 遅延損害金

 労働基準法11条では,「この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう」とされていて,割増賃金も,労働基準法上の賃金にあたります。そして,割増賃金を含む賃金支払遅延の場合の遅延損害金の遅延利率は,判例に従い,営利企業の場合は商法上年6パーセントである(商法514条)と理解されていました。もっとも,令和2年4月1日より商事法定利息(商法514条)の規定は廃止され,民事法定利率(民法404条)の規定も改正されましたので,以後,従来の理解への影響を考慮する必要があります。

 また,賃金支払確保法では,同法の賃金を労働基準法11条に規定する賃金をいうとしていますので(賃金支払確保法2条1項),割増賃金は,賃金支払確保法の賃金にも該当します。したがって,労働者が退職した後に割増賃金を請求する場合, 年率14.6%の遅延損害金を請求することができ,その起算点は退職日の翌日となります(賃金支払確保法6条1項,賃金支払確保法施行令1条)。

 もっとも,賃金支払確保法6条2項には,「前項の規定は、賃金の支払の遅延が天災事変その他のやむを得ない事由で厚生労働省令で定めるものによるものである場合には、その事由の存する期間について適用しない」とあります。

 これを受けて賃金支払確保法施行規則6条には,以下の規定があります。


法第六条第二項の厚生労働省令で定める事由は、次に掲げるとおりとする。

一 天災地変

二 事業主が破産手続開始の決定を受け、又は賃金の支払の確保等に関する法律施行令(以下「令」という。)第二条第一項各号に掲げる事由のいずれかに該当することとなつたこと。

三 法令の制約により賃金の支払に充てるべき資金の確保が困難であること。

四 支払が遅滞している賃金の全部又は一部の存否に係る事項に関し、合理的な理由により、裁判所又は労働委員会で争つていること。

五 その他前各号に掲げる事由に準ずる事


 この1~5号の事由により退職労働者への割増賃金の支払いが遅延している場合は,その事由の存する期間については,賃金支払確保法の年14.6%の遅延損害金は適用されないこととなります。特に,裁判上で争いが生じている割増賃金について賃金支払確保法の年14.6%の遅延損害金を適用することができるかどうかは,裁判で争ったことが「合理的な理由」(4号)によるかどうかで判断されます。


13 消滅時効

 割増賃金の消滅時効期間はこれまで2年とされていました。また,消滅時効の起算点は条文上明記されていませんでしたが,客観的起算点である支払日とされていました。

 しかし,法改正により,割増賃金の消滅時効期間は5年に延長されました。また,法律の解釈に変更はありませんが,消滅時効の起算点として「これを行使することができる時から」という文言で条文上明記されました(労働基準法115条)。

 もっとも,当分の間は3年となります(労働基準法附則143条3項)。また,改正法は令和2年4月1日より施行されますが,改正法の時効期間延長の対象となるのは,改正法の施行以後に支払期日が到来する割増賃金で,施行前に支払期日が到来した割増賃金の消滅時効は改正前の2年間となります(改正法附則2条2項)。


14 付加金

 労働基準法114条本文に,「裁判所は、…第三十七条の規定に違反した使用者…に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。」とあります。労働基準法は,割増賃金の支払いを怠った使用者に対し,労働者からの請求により,付加金の支払義務を負うことがあるとしています。

 割増賃金の未払いで付加金が発生し得るのは,「第三十七条の規定に違反した」ときですので,労働基準法37条が定める時間外労働,休日及び深夜の割増賃金の未払いのときに発生し得ることとなります。法内時間内労働や法内休日の労働時間に対する未払いは対象となりません。

 付加金の支払義務は,裁判所が判決により使用者に支払いを命じ,これが確定することによって初めて発生します。したがって,裁判外で発生するものではありませんし,訴訟提起後に裁判上の和解が成立すれば,付加金は発生しません。

裁判所が付加金の支払いを使用者に命じるには,「労働者の請求」が必要ですので,労働者が裁判所で割増賃金の支払いに合わせて付加金の支払いを求めるには,請求の趣旨に記載する必要があります。

 付加金について,裁判所は所定の事実がある場合に使用者に「支払を命ずることができる」とありますので,割増賃金の未払いが認定できるときでも,使用者に付加金の支払を命じるか否かは裁判所の裁量に委ねられています。

 従来,付加金の請求は,違反があったときから2年以内にしなければならないとされていましたが,法改正により5年以内と期間が延長されました(労働基準法114条ただし書)。もっとも,当分の間は3年となります(労働基準法附則143条2項)。また,改正法は令和2年4月1日より施行されますが,改正法の期間延長の対象となるのは,改正法の施行以後に割増賃金の未払いの違反がある場合の付加金についてです(改正法附則2条1項)。


<参考文献>

菅野和夫『労働法(第12版)』(弘文堂,2019年)

渡辺弘『リーガル・プログレッシブ・リーズ9 労働関係訴訟』(青林書院,2010年)

山川隆一=渡辺弘編『最新裁判実務体系7 労働関係訴訟Ⅰ』(青林書院,2018年)

水町勇一郎『詳解労働法』(東京大学出版会,2019年)

大内伸哉『労働時間制度改革』(中央経済社,2015年)


更新日 2020年8月13日

福岡市中央区 古賀象二郎法律事務所

弁護士 古賀象二郎


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