【執筆した弁護士】
古賀 象二郎(こが・しょうじろう)弁護士
1974年,佐賀県鳥栖市生まれ。一橋大学経済学部を卒業後,民間企業に勤務。神戸大学法科大学院を経て,2009年に弁護士登録。
事務所名:古賀象二郎法律事務所(福岡市中央区) URL:事務所HP
日本弁護士連合会会員・福岡県弁護士会会員 URL:会員情報
★未払残業代請求の基礎知識についてはこちらをご覧ください。
<本日の内容>
1 除外賃金の根拠
2 「1か月を超える期間ごとに支払われる賃金」
3 「通常の労働時間又は労働日の賃金」の意味
4 管理職手当等の扱い
5 判例・裁判例ー両備運輸事件
6 判例・裁判例ー壺坂観光事件
7 判例・裁判例ーシステムワークス事件
8 判例・裁判例ー日本アイティーアイ事件
1 除外賃金の根拠
労働基準法37条5項,労働基準法施行規則21条では,①家族手当,②通勤手当,③別居手当,④子女教育手当,⑤住宅手当,⑥臨時に支払われた賃金,⑦1か月を超える期間ごとに支払われる賃金は,時間外労働の割増賃金の基礎賃金に含めないとしています。
これらが除外賃金とされた根拠については,①ないし⑤は個人的事情に応じて支払われ,労働の内容や量との関連性が弱いこと,⑥・⑦は計算技術上の困難さから除外されたというのがひとつの考え方です(山川隆一=渡辺弘編『最新裁判実務体系7 労働関係訴訟Ⅰ』(青林書林,2018年)435頁〔藤井聖悟〕)。
2 「1か月を超える期間ごとに支払われる賃金」
除外賃金⑦1か月を超える期間ごとに支払われる賃金には,賞与,1か月を超える期間の事情によって支給される精勤手当,勤続手当,奨励加給・能率手当(労働基準法施行規則8条)などがあるとされています(水町勇一郎『詳解労働法』(東京大学出版会,2019年)689頁)。
もっとも,ここでいう「賞与」とは,定期又は臨時に,原則として労働者の勤務成績に応じて支給されるものであって,その支給額があらかじめ確定されていないものをいい,定期的に支給されかつその支給額が確定しているものは,名称を問わず,ここでの「賞与」とはみなされずに除外賃金とはされません(昭和22・9・13発基17号)。そして,いわゆる年俸制において,年度当初に年俸額が決定されその一部が賞与として支給される場合には,賞与の支給額があらかじめ確定していますので,年俸のうちの賞与部分を除外賃金として時間外労働の割増賃金の基礎賃金に含めないとすることはできません(平成12・3・8基収78号)。
3 「通常の労働時間又は労働日の賃金」の意味
除外賃金に該当するかどうかということではなく,そもそも「通常の労働時間又は労働日の賃金」(労働基準法37条1項)に該当しないとして, 時間外労働の割増賃金の基礎賃金に含まれない賃金というのもあります。
「通常の労働時間又は労働日の賃金」が,当該労働を通常の労働時間・労働日に行った場合に支払われる賃金を意味することから,①時間外・休日・深夜労働の対価として支払われる手当で通常の賃金と区別できるもの(時間外割増手当,夜間看護手当など),②性質上当該労働を行っても支払われないタイプの手当(坑外で時間外労働を行った場合の坑内手当,手術以外の業務で時間外労働を行った場合の手術手当など)は, 「通常の労働時間又は労働日の賃金」には該当しないことから, 時間外労働の割増賃金の基礎賃金に含まれません(水町勇一郎『詳解労働法』(東京大学出版会,2019年)688頁)。
関西ソニー事件(大阪地判昭和63・10・26労判530号40頁)は,未払残業代を請求した労働者に支給していた手当が定額制の時間外割増賃金としての性質を有すると認められた事例です。この事例で, 定額制の時間外割増賃金としての性質を有すると認められた手当(セールス手当)が,時間外労働の割増賃金の基礎賃金に含まれるのか争われたかは判決文上読み取れませんが,セールス手当は上記①にあてはまりますので, 「通常の労働時間又は労働日の賃金」には該当せず,時間外労働の割増賃金の基礎賃金には含まれないと考えられます。
4 管理職手当等の扱い 労働者からの未払残業代の請求に対し,会社側がその労働者は管理監督者(労働基準法41条2号)なので労働基準法37条は適用されないと反論することがあります。管理監督者性が争点となる事例です。しかし,裁判例では,管理監督者性は厳格に判断される傾向にあり(渡辺弘『リーガル・プログレッシブ・シリーズ9 労働関係訴訟』(青林書林,2010年)181頁),会社側の主張が認められることは必ずしも多くはありません。
では,労働者の管理監督者性が否定され,未払残業代を支払わなければならない場合に,会社内では管理職として支給されていた管理職手当等は,割増賃金の算定基礎に含まれるのか,あるいは,除外賃金となりさらに割増賃金の支払いに充当できるのか。
この問題については,管理職手当等の実態によって判断が分かれ,管理職手当等の支払いの基準,額,経緯等から実質的にみて,時間外・休日・深夜労働の対価として支払われる手当で通常の賃金と判別できるものと認められれば,割増賃金の算定基礎から除外され,割増賃金の支払いに充当されうるが,そうでなければ「通常の労働時間又は労働日の賃金」として割増賃金の算定基礎に算入され,割増賃金の支払いに充当することができないと説明されることがあります(水町勇一郎『詳解労働法』(東京大学出版会,2019年)690頁)。
5 判例・裁判例ー両備運輸事件
両備運輸事件(山口地宇部支判昭和57・5・28労経速1123号19頁)は,大型運転職や作業職に従事していた労働者が,時間外・深夜労働の割増賃金の基礎賃金に,労働者らが加入していた両備運輸労働組合との協定により算出した割増賃金を含めるべきところ,両備運輸がこれを含めずに時間外・深夜労働の割増賃金を計算して支払ったとして,協定割増賃金を時間外労働の基礎賃金に含めて計算した時間外・深夜労働の割増賃金と現実に支払われた時間外・深夜労働の割増賃金との差額の支払いを求めた事例です。
判決は,「協定割増賃金は、実際の時間外の労働時間数に従って支払われているとはいえないにしても、もともと割増賃金として定められたものであり、本来の手当額は別に定まっており、これを原告ら主張のように本件割増賃金計算の基礎にするとすれば、被告会社としては二重に割増賃金を支払う結果となり、到底妥当とはいい難い」として,労働者らの主張を認めませんでした。こうしたことから,この事例は,上記①の時間外手当について判示したものとして引用されることがあります(水町・同書688頁)。
もっとも,「協定割増賃金」にかかる協定の内容は判決文上当事者の主張も含めて何ら示されていないことから,この事例の評価は慎重に行う必要があります。
6 判例・裁判例ー壺坂観光事件
時間外労働の割増賃金を計算するにあたり算定の基礎となる賃金への手当等の算入・不算が争われた事例を紹介します。壺坂観光事件(奈良地判昭和56・6・26労判372号41頁)です。
この事例で未払残業代を請求されたのは,タクシー及び観光バスによる旅客運送事業を営む会社です。未払残業代を請求した労働者らは,車両の運転業務に従事していました。
時間外労働の割増賃金の算定基礎に含まれるのかが争われたのは,家族手当,通勤手当,乗客サービス手当,特別報酬金という賃金です。これらの支給内容は,次のとおりでした。
①家族手当…家族構成・員数に関係なくすべての従業員に一律月額3000円を支給。
②通勤手当…通勤の距離・交通手段等に関係なくすべての従業員に一律月額3000円を支給。
③乗客サービス手当…皆勤者であってかつ乗客からの苦情が出されなかった運転者に月額5000円を支給。
④特別報酬金…皆勤者でかつ1か月の総水揚高が37万円を超える者に対し一律1万円を支給。
壺坂観光の賃金体系は,固定給部分と歩合給部分に分かれていて,上記①~③は固定給部分に,④は歩合給部分に含まれていました。
判決は,現行労働基準法37条5項,労働基準法施行規則21条の6項目の除外賃金は,規定の性質上限定列挙と解すべきであるとしています。また,具体的に支給されている各種手当や奨励金が除外賃金に該当するか否かの判断にあたっては,手当等の名目にとらわれず,その実質に着目すべきであるとしています。そのように考えるのは,使用者が除外賃金の名目を付することで容易に除外となしうるものとすれば,割増賃金を名称ひとつで不当に廉価に算定しうることとなり,割増賃金制度の趣旨を没却することとなるから,と説明しています。
その上で,この判決は,①家族手当及び②通勤手当は,名目は除外賃金と一致するものの,労働者らの個別的事情にかかわらず無条件で一律に一定額を支払われていたものであり,固定給部分の単位時間当たり賃金額を当然に増大・填補する意味合いを持つもので,除外賃金には該当しないとしています。
家族手当や通勤手当が除外賃金に該当するかの実質的判断は,それらが除外賃金とされた根拠に遡り,労働の内容・量とは無関係に個人的事情に基づいて支払われるものか否かという観点から行われるとされます(水町勇一郎『詳解労働法』(東京大学出版会,2019年)689頁)。壺坂観光は家族手当・通勤手当として,扶養家族の有無・数や通勤費用額などを考慮せずに無条件で一律に一定額を支給していましたので,それらは個人的事情に基づく支払いではないとして除外賃金該当性が否定されたものと思われます。
さらに判決は,③乗客サービス手当については,一定の不行跡がないかぎり原則として支給されていたものと解され, 除外賃金には該当しないとしています。
④特別報奨金は,1か月の総水揚高が37万円に達した労働者に対し一律に一定額を支払われていたものであって, 固定給部分の単位時間当たり賃金額を填補する意味合いを持つもので,除外賃金には該当しないとしています。
なお,この事例で労働者らは,未払残業代,すなわち未払いの時間外労働の割増賃金として各入社日から昭和53年8月分までを請求しているのですが,付加金については昭和52年5月分から昭和53年8月分までの未払いとなっている時間外労働の割増賃金と同額の支払いを求めています。付加金について「昭和52年5月分から」としたのは,付加金請求の期間制限が理由かと思われます(労働基準法114条ただし書)。
壺坂観光の方では,訴訟が提起されてから口頭弁論終結までに昭和52年5月分から昭和53年8月分までの未払いとなっている時間外労働の割増賃金につき,2回にわたり全額を弁済供託しています。この弁済供託により,判決は, 昭和52年5月分から昭和53年8月分までの時間外労働の割増賃金に関する壺坂観光の未払賃金債務は消滅しているとしました。
しかし,判決は,付加金については,未払残業代を請求した労働者らの請求のとおり昭和52年5月分から昭和53年8月分までの未払いとなっている時間外労働の割増賃金と同額の支払いを認めています。このことについて判決は,付加金の有する制裁的性質からすれば,使用者が付加金の支払いを免れるためには遅くとも労働者がその支払いを求めて訴訟を提起するまでに未払賃金の弁済または供託を行わなければならず,付加金請求に対応する期間の未払賃金を訴訟提起後供託したとの一事をもってしては,付加金の支払義務を免れることはできないというべきであると説明しています。
7 判例・裁判例ーシステムワークス事件
年俸制における賞与部分の除外賃金該当性が争われた事例が,システムワークス事件(大阪地判平成14・10・25労判844号79頁)です。未払残業代を請求されたのはシステム開発を業とする株式会社です
システムワークスの就業規則のうち,争点に関係する部分だけ取り上げると以下のとおりでした。
(給与の種類 42条)
給与の種類は,次のとおりとする。
(ア)年俸制給与
(イ)月給制給与
(年俸制給与の構成 44条)
(ア)基準内給与 年俸の毎月支給額
(イ)基準外給与 通勤手当
(超過労働手当 48条)
超過労働手当は次の算式により支給する。
(略)
(年俸制適用者の時間外労働手当 49条)
年俸制適用者については,48条の定めにかかわらず,時間外労働手当は支給しない。
(年俸制給与の支払形態 53条)
年俸制給与の支払形態は,年俸額の15分の1を毎月支給し,15分の1.5を7月と12月に支給する。
(賞与 58条)
(ア)賞与は,原則として毎年6月1日及び12月1日に在籍する従業員に対し,会社の業績等を勘案して7月,12月に支給する。
(イ)前項の賞与の額は,従業員の勤務成績等を考慮して各人ごとに決定する。
(略)
未払残業代を請求した労働者が年俸制であったか否かもこの事例では争われましたが,判決では,未払残業代を請求した労働者の賃金は当初から月額18万円で年間においてその15か月分を支給する年俸制であったと認定されています。
その上で,7月と12月に支給された金員については,実際の支給額はそれぞれ上記就業規則53条のとおりに計算された金額ではなかったのですが,判決は,上記就業規則53条を引用し,年俸制給与の支払形態は,年俸額の15分の1を毎月支給し,15分の1.5を7月と12月に支給するとされ,7月と12月に付加して支払われる金員についても,支給時期及び支給金額が予め確定しており,賞与又は賞与に準ずる性格を有するとは認め難く,毎月支給される金員と性質は異ならないと考えられるのであるから,労働基準法施行規則21条4号にいう「臨時に支払われた賃金」又は同条5号にいう「一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」に該当するとはいえないとしました。
8 判例・裁判例ー日本アイティーアイ事件
最高裁日本ケミカル事件判決以前の裁判例でみると,未払残業代請求した労働者の管理監督者性は否定したが,支給されていた手当が割増賃金の支払いに充当されると判断したとされるものはあります。日本アイティーアイ事件(東京地判平成9・7・28労判787号30頁)です。
この事例で未払残業代を請求されたのが,銀行,ホテル等の両替商に対する紙幣の偽造鑑定機の販売及び保守を業とする会社です。なお,この事案では,日本アイティーアイと同じ商号で同じ内容の業務を行っていた旧会社に未払残業代を請求した労働者らは雇用され,その後,旧会社の商号変更に伴い,日本アイティーアイに事業譲渡がされたという経緯があります。
日本アイティーアイの就業規則の一部である給与規定には,営業職及び課長以上の管理職の従業員は,時間外・休日勤務手当の支給対象外とする旨の規定がありました。
未払残業代を請求した労働者らは,旧会社及び日本アイティーアイにおいて,ともに「金融営業部(技術課)主任」の肩書を有し,営業職であり,営業部の従業員を統括する立場にあり,旧会社及び日本アイティーアイを通じて時間外・休日勤務手当は支給されていませんでした。
一方で, 未払残業代を請求した労働者らは,旧会社に雇用された際に手取り給与額を月額31万円,月額33万円でそれぞれ合意しつつ,表向きは24万円あまりとし,不足分は裏給与として10万円を超える金額が直接現金で支給されていました。事業譲渡後はこの取扱いは改められましたが,平成5年9月分から12月分までは基本給15万5250円・役職手当3万円・営業手当16万8000円等,基本給18万0875円・役職手当3万円・営業手当16万円等としてそれぞれ支給され,平成6年1月分から7月分までは基本給20万円・役職手当3万円・業務手当14万3250円等, 基本給19万円・役職手当3万円・業務手当17万0875円等としてそれぞれ支給されていました。
以上の事実関係を踏まえ,判決は,まず,未払残業代を請求した労働者らは営業部の従業員を統括する立場にあったとはいえ管理監督者に該当するとは到底認められないとして,日本アイティーアイの管理監督者性の主張を排斥しています。
その一方で,未払残業代を請求した労働者らに対して,旧会社においては,それぞれ裏給与として月額10万円を超える金額が支給され,日本アイティーアイにおいては,役職手当,営業手当又は業務手当として相当の金額が支給されていて,これらが営業職であり,管理職である未払残業代を請求した労働者らに時間外・休日勤務手当を支給しないことの代償措置の一面を有することが認められるとし,各月の基本給を元に労働基準法及び就業規則に従って計算した割増賃金の額が,役職手当等の額を超える場合はその超過する金額を請求できるが,超えない場合は改めて割増賃金を請求することはできないとしています。
判決文からだけでは事案の詳細を把握し切れない部分はあるとは思いますが, 最高裁日本ケミカル事件判決の判断枠組みからすれば,旧会社の裏給与,日本アイティーアイの役職手当,営業手当又は業務手当が時間外労働の対価であると認定する材料に乏しく,この判決は「時間外・休日勤務手当を支給しないことの代償措置の一面を有すること」だけをもって割増賃金該当性を肯定しているようにも読めます。
もっとも,この判決は,労働者らの未払残業代の主張(常に他の従業員よりも遅くまで残業したとして残業時間を推計)について,未払残業代を請求した労働者らが常に他の従業員よりも遅くまで残業していたということを裏付ける的確な証拠がなく,役職手当等の額を超える割増賃金の根拠となる時間外及び休日勤務の存在を認める証拠がないとしています。
時間外労働の事実が認定できなければ,それだけで未払残業代の請求は認められないということになります。そうすると,この判決の管理監督者性や割増賃金該当性についての判示部分は,そもそも必要であったか疑問が残るところです。
更新日 2020年8月13日
福岡市中央区 古賀象二郎法律事務所
弁護士 古賀象二郎
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