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  • 執筆者の写真弁護士古賀象二郎

福岡の弁護士が未払残業代の仕組みを分かりやすく・詳しく解説~フレックスタイム制,事業場外労働のみなし制,裁量労働制,高度プロフェッショナル労働制

更新日:2020年8月25日

【執筆した弁護士】

古賀 象二郎(こが・しょうじろう)弁護士

1974年,佐賀県鳥栖市生まれ。一橋大学経済学部を卒業後,民間企業に勤務。神戸大学法科大学院を経て,2009年に弁護士登録。

事務所名:古賀象二郎法律事務所(福岡市中央区) URL:事務所HP

日本弁護士連合会会員・福岡県弁護士会会員 URL:会員情報


★未払残業代請求の基礎知識についてはこちらをご覧ください。


<本日の内容>

1 フレックスタイム制

2 フレックスタイム制の要件

3 フレックスタイム制の効果

4 在宅勤務などテレワークによるフレックスタイム制

5 厚生労働省作成のパンフレット

6 労働時間のみなし制ー事業場外労働のみなし制

7 事業場外労働のみなし制の趣旨等

8 事業場外労働のみなし制の運用状況

9 事業場外労働のみなし制の要件

10 在宅勤務などのテレワークによる事業場外労働のみなし制

11 事業場外労働のみなし制の効果

12 事業場外労働のみなし制の労使協定等

13 事業場外労働のみなし制の適用範囲

14 判例・裁判例ー阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第2)事件

15 労働時間のみなし制ー裁量労働制

16 裁量労働制の利用状況

17 高度プロフェッショナル制度の導入

18 高度プロフェッショナル制度の概要

19 高度プロフェッショナル制度の詳細①

20 高度プロフェッショナル制度の詳細②

21 高度プロフェッショナル制度の詳細③

22 高度プロフェッショナル制度の詳細④

23 高度プロフェッショナル制度の実施状況の報告

24 対象業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るための指針

25 医師による面接指導

26 厚生労働省作成のパンフレット等


1 フレックスタイム制

 1週40時間・1日8時間の法定労働時間を基本とする労働基準法の労働時間規制の枠組みに対し,これを柔軟化するための特別な制度も労働基準法には置かれています。そのうちの一つがフレックスタイム制で,労働者が,1か月などの単位期間のなかで一定時間数労働することを条件として,1日の労働時間を自己の選択する時に開始し,かつ終了できる制度です(菅野和夫『労働法(第12版)』(弘文堂,2019年)536頁)。労働者からの未払残業代請求に対し,使用者側がこのフレックスタイム制を主張して反論することがあります。


2 フレックスタイム制の要件

 フレックスタイム制が労働者に適用されるためには,まず就業規則(常用労働者10人未満の事業場ではこれに準じるもの)により,始業・終業の時刻を労働者の決定に委ねることを定める必要があります(労働基準法32の3第1項柱書)。この場合,始業・終業の時刻の両方を労働者の決定に委ねる必要があり,一方のみ労働者の決定に委ねるのでは足りないとされます(昭63・1・1基発1号等)。また,こうした定めを置いたときは, 労働者が労働をしなければならない時間帯(コアタイム)を除き,使用者が労働者にある時刻までの出勤や居残りを命ずることはできません(菅野・前掲537頁, 水町勇一郎『詳解労働法』(東京大学出版会,2019年)701頁)。


 次に,一定事項を定めた労使協定を事業場の過半数代表と締結する必要があります(労働基準法32条の3第1項)。この労使協定で定めるべき事項とは,①フレックスタイム制の対象労働者の範囲(労働基準法32条の3第1項1号),②3か月以内の単位期間(「清算期間」)(労働基準法32条の3第1項2号),③清算期間における総労働時間(清算期間を平均し1週間当たりの労働時間が法定労働時間を超えない時間)(労働基準法32条の3第1項3号),④標準となる1日の労働時間(労働基準法32条の3第1項4号,労働基準法施行規則12条の3第1項1号),⑤コアタイムを定める場合にはその時間帯の開始・終了時刻(労働基準法32条の3第1項4号,労働基準法施行規則12条の3第1項2号),⑥労働者がその選択により労働することができる時間帯(フレキシブルタイム)に制限を設ける場合には,その制限の開始・終了時刻(労働基準法32条の3第1項4号,労働基準法施行規則12条の3第1項3号),⑦清算期間が1か月を超える場合の協定の有効期限(労働基準法32条の3第1項4号,労働基準法施行規則12条の3第1項4号)です。


 ②については,起算日を就業規則または労使協定で明らかにしなければならないとされています(労働基準法施行規則12条の2第1項)。

 ④はフレックスタイム制において労働者が年次有給休暇を取得した場合の対応のために記載が求められるものです。ここで定められる労働時間が年次有給休暇取得の際に支払われる賃金の算定基礎となり,また,ここで定められる時間労働したものと取り扱われます(昭63・1・1基発1号等)。


 ②で清算期間が1か月を超える場合には,労使協定を所轄労働基準監督署長に届け出なければなりません(労働基準法32条の3第4項,労働基準法施行規則12条の3第2項)。


3 フレックスタイム制の効果

 フレックスタイム制が適用される労働者については,清算期間を平均して週の法定労働時間を超えない限り,1週または1日の法定労働時間を超えて労働させることができ, 1週または1日の法定労働時間を超えて労働させても法定時間外労働とならず,残業代も発生しません(労働基準法32条の3第1項)。フレックスタイム制においては,1週および1日あたりの規制は解除され,清算期間における法定労働時間の総枠による規制となります。


 清算期間における法定労働時間の総枠は,例えば清算期間1か月・暦日31日のときは,

 1週の法定労働時間40時間×清算期間における暦日数31日/7=177.1…時間

と計算されます(昭63・1・1基発1号)。

 この総枠を超えて労働者を労働させることはできず,総枠を超えた時間を労働させるには36協定の締結・届出が必要となり(労働基準法36条),その労働時間は法定時間外労働とされ,残業代が発生することとなります(菅野・前掲539頁,水町・前掲702頁)。


 なお,常時10人未満の労働者を使用する商業(労働基準法別表1の8号),映画・演劇業(労働基準法別表1の10号,映画の製作を除く),保健衛生業(労働基準法別表1の13号),接客業(労働基準法別表1の14号)については,事業の特殊性から週の法定労働時間が44時間とされていますので注意してください(労働基準法施行規則25条の2第1項)。


 また, 例えば清算期間1か月・暦日31日のときの清算期間における法定労働時間の総枠は,上述の計算方法により177.1…時間とされるのが原則です。ただ,完全週休2日制をとっている企業では,カレンダー上の週休日の位置によって暦日31日の月でも労働日が21日のときもあれば23日のときもあり,フレックスタイム制で毎日8時間と労働時間が一定でも,労働日数23日のときは184時間(8時間×23日)の労働時間となって,総枠を超える部分が発生します。そこで,この場合に法定時間外労働が発生しないよう, 清算期間における法定労働時間の総枠を184時間(8時間×23日)と労使協定で定めることができるとする特則が置かれています(労働基準法32条の3第3項)。


 清算期間が1か月を超えるフレックスタイム制においても,1週および1日あたりの規制が解除され,清算期間における法定労働時間の総枠による規制となることは同様です。もっとも,一定期間の労働時間が長くなりすぎないようにするため,労働者を労働させることができるのは,清算期間の開始以後1か月ごとに区分した期間において1週あたりの平均の労働時間で50時間を超えないという規制が加わります(労働基準法32条の3第2項)。そこで, 清算期間が1か月を超えるフレックスタイム制では,①1か月の区分期間を平均して1週あたり50時間を超えて労働者を労働させることはできず,50時間を超えた時間を労働させるには36協定の締結・届出が必要となり(労働基準法36条),その労働時間は法定時間外労働とされ,残業代が発生することとなります(平30・12・28基発15号)。また,②清算期間の最後においては,最終の区分期間を平均して1週あたり50時間を超えて労働させた時間(①)に加えて,清算期間における総実労働時間から,ア)清算期間の法定労働時間の総枠及びイ)清算期間中のその他の期間において法定時間外労働として取り扱った時間を控除した時間が法定時間外労働とされ, 残業代が発生することとなります(平30・12・28基発15号)。


4 在宅勤務などテレワークによるフレックスタイム制

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で急速に普及した,労働者が情報通信技術を利用して行う事業場外勤務(「テレワーク」。テレワークの形態としては,在宅勤務,サテライトオフィス勤務,モバイル勤務など。)に関し,厚生労働省は,「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」(平30・2・22策定)を策定しています。

 その中で,テレワークにおいてもフレックスタイム制を活用することが可能であり,例えば,労働者の都合に合わせて,始業や就業の時刻を調整することや,オフィス勤務の日は労働時間を長く,一方で在宅勤務の日の労働時間を短くして家庭生活に充てる時間を増やすといった運用が可能であるとしています。


5 厚生労働省作成のパンフレット

 厚生労働省がフレックスタイム制に関するパンフレット作成していますので,そちらも案内しておきます。


【パンフレット】


6 労働時間のみなし制ー事業場外労働のみなし制

 労働基準法は,実労働時間による労働時間算定の例外として,実際の労働時間にかかわらず一定時間労働したものとみなすという労働時間のみなし制を規定しています。労働者からの未払残業代請求に対し,使用者側がこの労働時間のみなし制を主張して反論することがあります。

 労働時間のみなし制の一つが,労働基準法38条の2の事業場外労働のみなし制で,「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす」(労働基準法38条の2第1項本文)などとされます。


7 事業場外労働のみなし制の趣旨等

 事業場外労働のみなし制の趣旨は,労働時間の算定が困難な事業場外での労働についてその算定の便宜を図ることにあるとされ,取材記者,外勤営業社員などの常態的な事業場外労働のみならず出張などの臨時的な事業場外労働でも利用されます(水町勇一郎『詳解労働法』(東京大学出版会,2019年)706頁,菅野和夫『労働法(第12版)』(弘文堂,2019年)542頁)。


8 事業場外労働のみなし制の運用状況

 厚生労働省が実施した平成31年の調査よれば,全体で12.4%の企業が事業場外労働のみなし制を採用していて,従業員数1000人以上の企業では14.6%となっています。事業場外労働のみなし制の適用を受けている労働者の割合は,全体で7.4%で,従業員数1000人以上の企業では7.7%となっています。



 もっとも,以下で見るとおり,事業場外労働のみなし制の効力発生のための手続的要件は定められていませんので,労働者から未払残業代が請求されて,その反論として,使用者側がそれまで認識していなかった事業場外労働のみなし制を主張することはあり得ます。


9 事業場外労働のみなし制の要件

 この事業場外労働のみなし制が労働者に適用可能となるのは,「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いとき」です(労働基準法38条の2第1項本文)。

 このうちの「労働時間を算定し難いとき」にあたるかは,「使用者の具体的な指揮監督が及ばず,労働時間を算定することが困難」かどうかという観点から判断するとの行政解釈があり,例えば, ①何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で,そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合,②事業場外で業務に従事するが,携帯電話やスマートフォン等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合,③事業場において,訪問先,帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けたのち,事業場外で指示どおりに業務に従事し,その後事業場にもどる場合には, 使用者の具体的な指揮監督が及んでいて労働時間の算定が可能であるので,事業場外労働のみなし制の適用はないとされます(昭63・1・1基発1号等参照)。

 「労働時間を算定し難いとき」にあたるか否かは,強行法規である労働時間規制の適用如何を決定する判断であることから,使用者が主観的に算定困難と認識することや,労使が算定困難と判断し労使協定などで合意することによって判定されるものではなく,具体的事情から客観的にみて判定されます(水町・前掲707頁)。


10 在宅勤務などのテレワークによる事業場外労働のみなし制

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で急速に普及した,労働者が情報通信技術を利用して行う事業場外勤務(「テレワーク」。テレワークの形態としては,在宅勤務,サテライトオフィス勤務,モバイル勤務など。)に関し,厚生労働省は,「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」(平30・2・22策定)を策定しています。

 その中では,テレワークにより労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において,「労働時間を算定し難いとき」,すなわち使用者の具体的な指揮監督が及ばず,労働時間を算定することが困難なときは,事業場外労働のみなし制が適用されるとし,テレワークにおいて, 使用者の具体的な指揮監督が及ばず,労働時間を算定することが困難であるというには,以下の2つをいずれも満たす必要があるとしています。


①情報通信機器が,使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと。

②随時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないこと。


①の「情報通信機器が,使用者の指示により常時通信可能な状態におくこと」とは,情報通信機器を通じた使用者の指示に即応する義務がない状態であることを指すとしています。②の「随時使用者の具体的な指示」には,当該業務の目的,目標,期限等の基本的事項の指示や,基本的事項について所要の変更の指示は含まれないとしています。


11 事業場外労働のみなし制の効果

 事業場外労働のみなし制が適用されると,実労働時間にかかわらず一定時間労働したものとみなされます。この労働時間のみなし方には3種類があります。


 第1に,所定労働時間労働したものとみなされます(労働基準法38条の2第1項本文)。法定労働時間(労働基準法32条)ではなく,就業規則等によって定められた労働契約上の労働時間である所定労働時間であることに注意してください。

 第2に,事業場外労働による業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては,当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなされます(労働基準法38条の2第1項ただし書)。

 第3に, 事業場外労働による業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合において,事業場の過半数代表との労使協定等があるときは,その労使協定で定める時間を当該業務の遂行に通常必要とされる時間とみなし,その時間労働したものとみなされます(労働基準法38条の2第2項,同条第1項ただし書)。


12 事業場外労働のみなし制の労使協定等

 第3の労使協定等は,労働協約による場合を除き,有効期間の定めをしなければならないとされています(労働基準法施行規則24条の2第2項)。当該業務の遂行に通常必要とされる時間は,一般的に,時とともに変化することが考えられるものであり,一定の期間ごとに協定内容を見直すことが適当であるからです(昭63・1・1基発1号等)。

 また, 第3の労使協定等は,協定で定めるみなし労働時間が法定労働時間(労働基準法32条)を超える場合には,所轄労働基準監督署長への届出が必要となります(労働基準法38条の2第3項,労働基準法施行規則24条の2第3項)。法定労働時間を超えて労働者に労働をさせるのですから,この場合,併せて36協定の締結・届出も必要となりますが(労働基準法36条),労使協定の内容の内容を36協定に付記して所轄労働基準監督署長に届け出ることによって, 労働基準法38条の2第3項による労使協定の届出に代えることができます(労働基準法施行規則24条の2第4項)。


13 事業場外労働のみなし制の適用範囲

 みなし労働時間制に関する規定は,労働基準法第4章の労働時間に関する規定の範囲に係る労働時間の算定について適用されるものであり,第6章の年少者及び第6章の2の妊産婦等の労働時間に関する規定に係る労働時間の算定については適用されません。また,みなし労働時間制に関する規定が適用される場合であっても,休憩,深夜業,休日に関する規定の適用は排除されません(労働基準法施行規則24条の2第1項, 昭63・1・1基発1号等)。労働者による未払残業代の請求で,深夜労働や休日労働に関する部分に対し,使用者側が事業場外労働のみなし制を主張しても反論とはなり得ません。


14 判例・裁判例ー阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第2)事件

 労働者からの未払残業代の請求に対し,使用者が労働者の業務については労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとして所定労働時間労働したものとみなされるなどと主張して争ったのが阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第2)事件(最二小判平成26・1・24労判1088号5頁)です。


 判決は,海外旅行ツアーの添乗員の添乗業務について,旅行日程がその日時や目的地等を明らかにして定められることによって,業務の内容があらかじめ具体的に確定されていること,あらかじめ定められた日程に沿った旅程の管理等の業務を行うべきことを具体的に指示され,予定された旅行日程に途中で変更を要する事態が生じた場合にはその時点で個別の指示がされるものとなっていて,旅行日程の終了後は内容の正確性を確認し得る添乗日報によって業務の遂行の状況等について詳細な報告をすることとなっていたことなどから,従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認めがたく,労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないとしています。


阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第2)事件の詳細については以下のブログを参照ください。


15 労働時間のみなし制ー裁量労働制

 労働時間のみなし制には,事業場外労働のみなし制のほか,1987(昭和62)年の労基法改正で導入された専門業務型裁量労働のみなし制(労働基準法38条の3),1998(平成10)年の労基法改正で導入された企画業務型裁量労働のみなし制(労働基準法38条の4)があります(水町勇一郎『詳解労働法』(東京大学出版会,2019年)706頁)。

 裁量労働制は,法所定の業務について労使協定等でみなし労働時間数を定めた場合には,当該業務を遂行する労働者について,実際の労働時間数に関わりなく労使協定等で定める時間数労働したものとみなすことができる制度です(菅野和夫『労働法(第12版)』(弘文堂,2019年)545頁)。


 専門業務型裁量労働制と企画業務型裁量労働制の違いは,専門業務型裁量労働制では対象業務が厚生労働省令で列挙されていて(労働基準法38条の3第1項1号,労働基準法施行規則24条の2の2第2項),その射程が限定されているのに対し,企画業務型裁量労働制では対象業務が抽象的・概括的に設定されていて(労働基準法38条の4第1項1号,なお,労働基準法38条の4第3項に基づく「労働基準法第38条の4第1項の規定により同項第1号の業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るための指針」(平11・12・27労告149号)では対象業務についてのガイドラインなどが示されています。),その射程が幅広く及ぶ可能性があります。そこで,専門業務型裁量労働制は,労使協定の締結によって導入できる一方,企画業務型裁量労働制は労使半数で構成される労使委員会による決議や労働者個人の同意など,その手続的要件がより厳しく設定されています(水町・前掲711,715頁)。


16 裁量労働制の利用状況

 2015(平成27)年から2019(平成31)年の5年間の厚生労働省による就労条件総合調査結果にある裁量労働制の利用状況は以下のとおりです。「調査計」は常用労働者30人以上の企業,「1000人以上」とは常用労働者1000人以上の企業です。

 専門業務型裁量労働制にせよ,企画業務型裁量労働制にせよ,要件や手続が複雑であるせいか利用は低調と評されています(菅野・前掲545頁)。


 2015(平成27)年

  調査計     専門業務型 2.3%  企画業務型 0.6%

  1000人以上 専門業務型 9.6%  企画業務型 5.9%


 2016(平成28)年

  調査計     専門業務型 2.1%  企画業務型 0.9%

  1000人以上 専門業務型 9.5%  企画業務型 4.7%


 2017(平成29)年

  調査計     専門業務型 2.5%  企画業務型 1.0%

  1000人以上 専門業務型10.2%  企画業務型 5.9%


 2018(平成30)年

  調査計     専門業務型 1.8%  企画業務型 0.8%

  1000人以上 専門業務型11.0%  企画業務型 4.7%


 2019(平成31)年

  調査計     専門業務型 2.3%  企画業務型 0.6%

  1000人以上 専門業務型10.9%  企画業務型 4.4%



17 高度プロフェッショナル制度の導入

 2018(平成30)年働き方改革関連法によって導入された新しいタイプの労働基準法上の労働時間等の規制の適用除外が,特定高度専門業務・成果型労働制,いわゆる「高度プロフェッショナル制度」です(労働基準法41条の2)。

 高度プロフェッショナル制度の対象労働者については,労働基準法第4章の労働時間,休憩,休日の規定のみならず,深夜労働の割増賃金の規定も適用除外とされます(労働基準法41条の2)。深夜労働に対する割増賃金も適用除外とされるのが管理監督者,監視・断続的労働従事者等とは異なります(労働基準法41条)。


18 高度プロフェッショナル制度の概要

 高度プロフェッショナル制度は,

①労使委員会が設置された事業場において,労使委員会の委員の5分の4以上の多数による議決により法定事項に関する決議をし,

②使用者が①の決議を行政官庁に届け出た場合には,

③対象労働者であって書面その他の方法によりその同意を得た者を,

④当該事業場における対象業務に就かせたときに,

上述のとおり, 対象労働者につき,労働基準法第4章の労働時間,休憩,休日の規定および深夜労働の割増賃金の規定を適用除外とします。


19 高度プロフェッショナル制度の詳細①

 ①の労使委員会の議決を要する法定事項は次のア~コのとおりです(分類の仕方について,菅野和夫『労働法(第12版)』(弘文堂,2019年)552~556頁を参照しています。)。


ア 対象業務(労働基準法41条の2第1項1号)

 高度の専門的知識等を必要とし,その性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないと認められるものとして厚生労働省令で定める業務のうち,労働者に就かせることとする業務を定めます。


 労働基準法施行規則34条の2第3項で,上述の業務が5つ掲げられています。

・金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務(1号)

・資産運用の業務又は有価証券の売買その他の取引の業務のうち,投資判断に基づく試算運用の業務,投資判断に基づく資産運用として行う有価証券の売買その他の取引の業務又は投資判断に基づき自己の計算において行う有価証券の売買その他の取引の業務(2号)

・有価証券市場における相場等の動向又は有価証券の価値等の分析,評価又はこれに基づく投資に関する助言の業務(3号)

・顧客の事業の運営に関する重要な事項についての調査又は分析及びこれに基づく当該事項に関する考案又は助言の業務(4号)

・新たな技術,商品又は役務の研究開発の業務(5号)


イ 対象労働者(2号)

 2号イ・ロに該当する労働者であって,対象業務に就かせようとするものの範囲を定めます。この範囲に属する労働者を「対象労働者」といいます。

 高度プロフェッショナル制度の対象労働者は,すなわち,対象業務に就かせる労働者であって(2号柱書),使用者との書面その他の方法による合意に基づき職務が明確に定められており(2号イ),使用者から支払われると見込まれる年間賃金額が基準年間平均給与額の3倍を相当程度上回る水準として厚生労働省令で定める額(1075万円(労働基準法施行規則34条の2第6項))以上である者,となります。


 2号イの合意は,業務の内容,責任の程度,職務において求められる成果その他の職務を遂行するに当たって求められる水準を明らかにした書面に対象労働者の署名を受けてその書面を交付するか,対象労働者が希望した場合にはそれらの記載事項を記録した電磁的記録の提供により行うとされています(労働基準法施行規則34条の2第4項)。


ウ 健康管理時間の把握(3号)

 対象業務に従事する対象労働者の健康管理を行うために対象労働者が事業場内にいた時間(労使員会が休憩時間その他対象労働者が労働していない時間を除くことを決議したときは,当該決議に係る時間を除いた時間)と事業場外において労働した時間との合計の時間(「健康管理時間」といいます。)を厚生労働省令で定める方法により把握する措置を決議で定めるところにより使用者が講ずることを定めます。

 「厚生労働省令で定める方法」とは,タイムカードによる記録,パーソナルコンピューター等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法で,事業場外において労働した場合であってやむを得ない理由があるときは,自己申告によることができるとされています(労働基準法施行規則34条の2第8項)。


エ 休日の確保(4号)

 対象業務に従事する対象労働者に対し,1年間を通104日以上,かつ,4週間を通じ4日以上の休日を決議及び就業規則等で定めるところにより使用者が与えることを定めます。


オ 働きすぎ防止措置(5号)

 対象業務に従事する対象労働者に対し,次のいずれかの措置を決議及び就業規則等で定めるところにより使用者が講ずることを定めます。

・11時間以上の休息時間(勤務間インターバル)の確保,かつ,深夜業は1か月4回以内とする(イ,労働基準法施行規則34条の2第9項・10項)

・週40時間を超える健康管理時間を1か月100時間以内または3か月240時間以内とする(ロ,労働基準法施行規則34条の2第11項))

・1年に1回以上2週間の継続した休日(労働者が請求した場合1年に2回以上1週間の継続した休日)の付与(ハ)

・週40時間を超える健康管理時間が1か月当たり80時間を超え,又は対象労働者からの申出があったときの臨時の健康診断の実施(ニ,労働基準法施行規則34条の2第12項・13項))


カ 健康・福祉確保措置(6号)

 対象業務に従事する対象労働者の健康管理時間の状況に応じた当該対象労働者の健康及び福祉を確保するための措置であって,当該対象労働者に対する有給休暇の付与,健康診断の実施その他の厚生労働省令で定める措置のうち決議で定めるものを使用者が講ずることを定めます。

 「その他の厚生労働省令で定める措置」とは,労働基準法施行規則34条の2第14項で次のとおりとされています。

・上述のオの措置であって,オにより使用者が講ずることとした措置以外のもの(1号)

・健康管理時間が一定時間を超える対象労働者に対し医師による面接指導を行うこと(2号)

・対象労働者の勤務状況及びその健康状況に応じて,代償休日又は特別な休暇を付与すること(3号)

・対象労働者の心とからだの健康問題についての相談窓口を設置すること(4号)

・対象労働者の勤務状況及びその健康状態を把握し,必要な場合には適切な部署に配置転換すること(5号)

・産業医等による助言若しくは指導を受け,又は対象労働者に産業医等による保健指導を受けさせること(6号)


キ 同意の撤回手続(7号)

 対象労働者による③の同意の撤回手続を定めます。


ク 苦情処理(8号)

 対象業務に従事する対象労働者からの苦情の処理に関する措置を決議で定めるところにより使用者が講ずることを定めます。


ケ 不利益取扱いの禁止(9号)

 使用者は,③の同意をしなかった対象労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならないことを定めます。


コ その他の決議事項(10号)

 労働基準法施行規則34条の2第15項で,次の事項を定めるとされています。

・決議の有効期間の定め及び決議は再決議をしない限り更新されないこと(1号)

・労使委員会の開催頻度及び開催時期(2号)

・常時50人未満の労働者を使用する事業場である場合には,労働者の健康管理等を行うのに必要な知識を有する医師を選任すること(3号)

・各種記録を決議の有効期間およびその満了後3年間保存しなければならないこと(4号)


20 高度プロフェッショナル制度の詳細②

 ②の届出は,所定の様式により,所轄労働基準監督署長にしなければならないとされています(労働基準法施行規則34条の2第1項)。


21 高度プロフェッショナル制度の詳細③

 ③の同意は,同意により労働基準法第4章で定める労働時間,休憩,休日および深夜の割増賃金に関する規定が適用されないこととなること,同意の対象期間,同意の対象期間中に支払われると見込まれる賃金の額を明らかにした書面に対象労働者の署名を受けてその書面を交付するか,対象労働者が希望した場合にはそれらの記載事項を記録した電磁的記録の提供により行うとされています(労働基準法施行規則34条の2第2項)。


22 高度プロフェッショナル制度の詳細④

 ④の対象業務とは,①ア(1号)で定めた業務のことです。


23 高度プロフェッショナル制度の実施状況の報告

 決議の届出をした使用者は,決議が行われた日から起算して6か月以内ごとに,上述の健康管理時間の状況,①エ~カで規定する措置の実施状況を,所轄労働基準監督署長に報告しなければなりません(労働基準法41条の2第2項,労働基準法施行規則34条の2の2)。


24 対象業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るための指針

 高度プロフェッショナル制度については,対象業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るための指針が定められています(「労働基準法第41条の2第1項の規定により同項第1号の業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るための指針」(平31・3・25厚労告88号))(労働基準法41条の2第3項,38条の4第3項)。この指針は,労使委員会が決議する事項について具体的に明らかにする必要があると認められる事項を規定し,高度プロフェッショナル制度の実施に関して,使用者,労働者等及び労使委員会の委員が留意すべき事項等を定めています。労使委員会の委員は,決議の内容がこの指針に適合したものとなるようにしなければなりません(労働基準法42条の2第4項,指針第一)。


25 医師による面接指導

 2018(平成30)年の働き方改革関連法によって,使用者の労働時間適正把握義務が労働安全衛生法に置かれ(労働安全衛生法66条の8の3),医師による面接指導の規定(労働安全衛生法66条の8,66条の8の2)も改正されたことは,以前のブログで説明しました。




 働き方改革関連法は,高度プロフェッショナル制度の対象労働者についても,労働安全衛生法に医師による面接指導の規定が置きましたが,高度プロフェッショナル制度の場合,「労働時間」ではなく「健康管理時間」に応じて医師による面接指導も実施されるものとして,上述の医師による面接指導とは別規定としています(労働安全衛生法66条の8の4)。

 そして,同規定は,週40時間を超える健康管理時間が月100時間を超える場合,医師による面接指導を行うことが事業者に罰則付きで義務付けています(労働安全規則52条の4第1項,労働安全衛生法120条)。


26 厚生労働省作成のパンフレット等

 厚生労働省が,高度プロフェッショナル制度に関するパンフレット等を作成していますので,そちらも案内します。


【パンフレット】

【リーフレット】


更新日 2020年8月13日

福岡市中央区 古賀象二郎法律事務所

弁護士 古賀象二郎


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