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執筆者の写真弁護士古賀象二郎

福岡の弁護士が未払残業代の仕組みを分かりやすく・詳しく解説~脳・心臓疾患(過労死)の業務上認定

更新日:2020年8月29日

【執筆した弁護士】

古賀 象二郎(こが・しょうじろう)弁護士

1974年,佐賀県鳥栖市生まれ。一橋大学経済学部を卒業後,民間企業に勤務。神戸大学法科大学院を経て,2009年に弁護士登録。

事務所名:古賀象二郎法律事務所(福岡市中央区) URL:事務所HP

日本弁護士連合会会員・福岡県弁護士会会員 URL:会員情報


★未払残業代請求の基礎知識についてはこちらをご覧ください。


★働き方改革関連法による時間外労働の罰則付き上限規制についてはこちらをご覧ください。


<本日の内容>

1 時間外労働の罰則付き上限と労災補償上の過労死認定基準

2 労働基準法施行規則別表第1の2第8号

3 「脳血管疾病及び虚血性心疾病等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(平13・12・12基発1063号)

4 認定基準

5 判例・裁判例ー横浜南労基署(東京海上横浜支店)事件


1 時間外労働の罰則付き上限と労災補償上の過労死認定基準

 2018(平成30)年6月成立の働き方改革関連法による労働基準法改正により,時間外労働(ないし時間外労働に休日労働を加えた時間)の罰則付き上限が初めて導入されましたが(労働基準法36条3~6項),そこでは36協定の特別協定用の上限と時間外労働それ自体の上限を労災補償上の過労死認定基準(平13・12・12基発1063号)に合わせるなどされています(労働基準法36条5・6項)。

 そこで,以下,労災補償上の過労死認定基準について概要をまとめておきたいと思います。


2 労働基準法施行規則別表第1の2第8号

 労働基準法75条1項は,「労働者が業務上負傷,又は疾病にかかった場合においては,使用者は,その費用で必要な療養を行い,又は必要な療養の費用を負担しなければならない。」としてます。

 このうちの「業務上の疾病」については,疾病の原因が業務にあるかの判定に専門的な医学的知識を必要とすることが多いため,労働基準法は,業務上の疾病の範囲を厚生労働省令で定めることとし(労働基準法75条2項),これを受けた労働基準法施行規則35条は,医学的にみて業務に起因して発生する可能性が高い疾病を類型的に列挙しています(別表第1の2)(水町勇一郎『詳解労働法』(東京大学出版会,2019年)793頁)。

 この別表第1の2の第8号に,過重負荷による脳・心臓疾患が挙げられています。具体的には,「長期間にわたる長時間の業務その他血管病変等を著しく増悪させる業務による脳出血,くも膜下出血,脳梗塞,高血圧性脳症,心筋梗塞,狭心症,心停止(心臓性突然死を含む。)若しくは解離性大動脈瘤又はこれらの疾病に付随する疾病」となっています。


3 「脳血管疾病及び虚血性心疾病等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(平13・12・12基発1063号)

 この別表第1の2第8号に該当する疾病かどうかの認定基準についての行政解釈が,「脳血管疾病及び虚血性心疾病等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(平13・12・12基発1063号)です。なお,この平13・12・12基発1063号は,横浜南労基署(東京海上横浜支店)事件(最一小判平成12・7・17労判785号6頁)の最高裁判決を受けて従前の行政解釈が改正されたもので, 別表第1の2第8号が労働基準法施行規則に追加された2010(平成22)年よりも先に発出されています。別表第1の2第8号は, この平13・12・12基発1063号や裁判例の判断内容を最大公約数的に集約したもので,追加後も行政実務や裁判実務においては従前同様の検討と判断が行われているとされます(菅野和夫『労働法(第12版)』(弘文堂,2019年)655頁)。


4 認定基準

 平13・12・12基発1063号は,次の①~③の業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患を, 別表第1の2第8号に該当する疾病として取り扱うとしています。

①発症直前から前日までの間において,発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事(「異常な出来事」)に遭遇したこと。

②発症に近接した時期において,特に過重な業務(「短期間の過重業務」)に就労したこと。

③発症前の長期間にわたって,著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務(「長期間の過重業務」)に就労したこと。


 このうち③長期間の過重業務における業務の過重性ついては,最も重要な要因と考えられるのが労働時間であり,

①発症前1か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は,業務と発症との関連性が弱いが,おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど,業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること

②発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は,業務と発症との関連性が強いと評価できること

を踏まえて判断するとしています。

また,休日のない連続勤務が長く続くほど業務と発症との関連性をより強めるものであり,逆に,休日が十分確保されている場合は,疲労は回復ないし回復傾向を示すものであるとしています。

そのうえで,労働時間のみならず,不規則な勤務,拘束時間の長い勤務,出張の多い業務,交替制勤務・深夜勤務,作業環境(温度環境,騒音,時差),精神的緊張を伴う業務という負荷要因について十分検討することとしています。


5 判例・裁判例ー横浜南労基署(東京海上横浜支店)事件

 労災補償上の過労死認定基準(平13・12・12基発1063号)は,横浜南労基署(東京海上横浜支店)事件(最一小判平成12・7・17労判785号6頁)の最高裁判決を受けて従前の行政解釈が改正されたものです。


 横浜南労基署(東京海上横浜支店)事件は,支店長付きの運転手として自動車運転の業務に従事していた労働者が,昭和59年5月11日早朝,支店長を迎えに行くため自動車を運転して走行中にくも膜下出血を発祥し休業したことにつき,労災保険の休業補償の請求をしたところ,横浜南労働基準監督署が,くも膜下出血の発症は業務上の疾病に当たらないとして不支給の決定をしたため,労働者がその取消しを求めたというものです。


 判決は,次のように述べて,労働者のくも膜下出血の発症が業務上の疾病にあたると判断しています。

 すなわち,労働者の基礎疾患の内容,程度,労働者がくも膜下出血発症前に従事していた業務の内容,態様,遂行状況等に加えて,脳動脈りゅうの血管病変は慢性の高血圧症,動脈硬化により増悪するものと考えられており,慢性の疲労や過度のストレスの持続が慢性の高血圧症,動脈硬化の原因の一つとなり得るものであることを併せ考えれば,労働者の基礎疾患が発症当時その自然の経過によって一過性の血圧上昇があれば直ちに破裂を来す程度にまで増悪していたとみることは困難というべきであり,他に確たる増悪要因を見いだせない本件においては,労働者が発症前に従事した業務による過重な精神的,身体的負荷が労働者の基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させ,発症に至ったものとみるのが相当であって,その間に相当因果関係の存在を肯定することができる,との判示です。


更新日 2020年8月29日

福岡市中央区 古賀象二郎法律事務所

弁護士 古賀象二郎


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