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福岡の弁護士が未払残業代の仕組みを分かりやすく・詳しく解説~定額残業代

最終更新: 8月25日

【執筆した弁護士】

古賀 象二郎(こが・しょうじろう)弁護士

1974年,佐賀県鳥栖市生まれ。一橋大学経済学部を卒業後,民間企業に勤務。神戸大学法科大学院を経て,2009年に弁護士登録。

事務所名:古賀象二郎法律事務所(福岡市中央区) URL:事務所HP

日本弁護士連合会会員・福岡県弁護士会会員 URL:会員情報


★未払残業代請求の基礎知識についてはこちらをご覧ください。

福岡の弁護士が未払残業代請求(時間外手当,休日労働手当)の仕組みを分かりやすく・詳しく解説します

<本日の内容>

1 基本給組込みタイプと別枠手当タイプの判例法理の整理

2 基本給組込みタイプと別枠手当タイプの統一的理解

3 基本給組込みタイプにおける小里機材事件の先例価値

4 判例・裁判例ー医療法人社団康心会事件

5 判例・裁判例ー日本ケミカル事件

6 判例・裁判例ーモルガン・スタンレー・ジャパン(超過勤務手当)事件

7 判例・裁判例ー関西ソニー事件


1 基本給組込みタイプと別枠手当タイプの判例法理の整理

 労働基準法が定める割増賃金の算出方法によらず,定額残業代などとして割増賃金を定額支給としている企業には,基本給などの総賃金のなかに割増賃金部分を組み込んで支給しているタイプ(基本給組込みタイプ)と,基本給とは別に営業手当,役職手当など割増賃金に代わる手当等を定額で支給するタイプ(別枠手当タイプ)があるとされます(水町勇一郎『詳解労働法』684頁)。


 この基本給組込みタイプと別枠手当タイプがそれぞれ労働基準法37条に適合するかどうかについて,最高裁判所を中心に判例法理が形成されつつありますので,ここで整理をしておきたいと考えます。


2 基本給組込みタイプと別枠手当タイプの統一的理解

 まず,基本給組込みタイプでは,支払方法が労働基準法37条に適合するかどうかにつき,①通常の労働時間の賃金に相当する部分と割増賃金にあたる部分とを判別することができ(「判別」要件),かつ,②割増賃金にあたる部分が法定計算額以上でなければ(「割増賃金額」要件),このような支払方法をとることができないと考えられています。このような法理を判示した近時の最高裁判決が, 医療法人社団康心会事件(最二小判平成29・7・7労判1168号49頁)です。


 一方,別枠手当タイプでは, 使用者側が定額残業代と主張する部分が「割増賃金に当たる部分」といえるのか,すなわち時間外労働等の対価といえるのがまず問題となります。使用者が定額残業代と主張する賃金部分が時間外労働等の対価にあたるかどうか,その判断枠組みを示したのが,日本ケミカル事件(最一小半平成30・7・19労判1186号5頁)です。


 有力な学説には, 基本給組込みタイプと別枠手当タイプを,①「判別」要件,②「割増賃金額」要件の下で統一して理解しようとするものがあります。そうした見解では, 基本給組込みタイプでは,そもそも通常の労働時間相当部分と割増賃金部分とを判別できなければ労働基準法37条違反となり,別枠手当タイプでは,通常の労働時間の賃金に相当する部分(例えば基本給)と割増賃金部分(例えば営業手当)とを判別することができ, 割増賃金部分が労基法37条に基づく計算額以上であれば同条違反にはならないことになると説明されています(水町・同書684,685頁)。


 しかし, 別枠手当タイプに関する日本ケミカル事件は,医療法人社団康心会事件を労働基準法37条の趣旨解釈では引用するものの,手当が時間外労働等に対する対価にあたるかどうかの考え方を示した部分では, ,①「判別」要件,②「割増賃金額」要件の法理を示した医療法人社団康心会事件,高知県観光事件(最二小判平成6・6・13労判653号12頁),テックジャパン事件(最一小判平成24・3・8労判1060号5頁),国際自動車事件(最三小判平成29・9・28労判1152号5頁)のいずれも引用していません。


 実際的にも, 別枠手当タイプの場合, ①「判別」要件が充足されるのは明らかであり, わざわざ①「判別」要件,②「割増賃金額」要件の法理を持ち出さなくとも,端的に日本ケミカル事件が示した,手当が時間外労働等に対する対価にあたるかどうかの考え方に従って判断し,手当が時間外労働等に対する対価にあたるとなれば,その額が労働基準法37条等に定められた方法により算定されだ額以上かどうか考えればよいように思われます。


 以上より, 基本給組込みタイプと別枠手当タイプとを,①「判別」要件,②「割増賃金額」要件の下で統一して理解することはせず,各最高裁判決もそれぞれのタイプに関する判断として別個に位置付けるのが適切であるように考えます。


3 基本給組込みタイプにおける小里機材事件の先例価値

 次に, 基本給組込みタイプの労働基準法37条適合性に関する①「判別」要件,②「割増賃金額」要件の法理について,小里機材事件(最判昭和63・7・14労判523号6頁)を先例とする見解もみられます(山川隆一=渡辺弘編『最新裁判実務体系7 労働関係訴訟Ⅰ』(青林書林,2018年)443~446頁(藤井聖悟))。


 しかし, ,①「判別」要件,②「割増賃金額」要件の法理を示した医療法人社団康心会事件,高知県観光事件,テックジャパン事件,国際自動車事件は,いずれも小里機材事件を引用していません。


 また,基本給月額183万円余りのプロフェッショナル社員について,時間外労働の対価も基本給のなかに含まれているとの合意を認めても労働基準法37条の趣旨に反することにはならないとしたモルガン・スタンレー・ジャパン(超過勤務手当)事件(東京地判平成17・10・19労判905号5頁)の判決中でも小里機材事件の射程についての判示があるとおり,小里機材事件においては,基本給に割増賃金を含めるとの合意が下級審において否定され,そうした事実認定を上告審である最高裁は,証拠に照らし是認できるとしたのであり, 基本給に割増賃金を含めるとの合意の存在を踏まえて①「判別」要件,②「割増賃金額」要件が判断されたのではありません。その意味で, 小里機材事件における①「判別」要件,②「割増賃金額」要件に関係する判示部分は傍論です。


 したがって, 小里機材事件は,基本給組込みタイプの労働基準法37条適合性に関する①「判別」要件,②「割増賃金額」要件の法理の先例とすべきではないと考えます。


4 判例・裁判例ー医療法人社団康心会事件

 医療法人社団康心会事件(最二小判平成29・7・7労判1168号49頁)で,労働者より未払残業代を請求されたのは,病院,介護老人保健施設等を運営する医療法人です。未払残業代を請求したのはこの医療法人に雇用されていた医師です。


 判決は,まず,労働基準法37条は,同条等に定められた方法により計算された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され,労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではないと述べ,さらに,割増賃金をあらかじめ基本給等に含める方法で支払う場合においては,労働契約における基本給等の定めにつき,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要であり,割増賃金に当たる部分の金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは,使用者がその差額を労働者に支払う義務を負うと判示しました。


 そしてこの事例では,医療法人と労働者との間で医師時間外勤務給与規程に基づき支払われるもの以外の時間外労働等に対する割増賃金を年俸1700万円に含める旨の合意がされていたものの,このうち時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされていなかったというのであり,支払われた年俸について,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができず,年俸の支払いにより時間外労働等に対する割増賃金が支払われたということはできないと判断しました。


★医療法人社団康心会事件の事案など詳細については以下のブログを参照ください。

福岡の弁護士が未払残業代を分かりやすく・詳しく解説~年俸制の医師の残業代(医療法人社団康心会事件)


5 判例・裁判例ー日本ケミカル事件

 上述のとおり,使用者が定額残業代と主張する賃金部分が時間外労働等の対価にあたるかどうか,その判断枠組みを示したのが,日本ケミカル事件(最一小半平成30・7・19労判1186号5頁)です。


 判決は, 使用者が主張する賃金部分が時間外労働等の対価にあたるかどうかについて,雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか,具体的事案に応じ,使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容,労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきであるとした上で,この事件で未払残業代を請求した労働者に支払われた業務手当は,雇用契約において時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていたと認められるとしています。


★日本ケミカル事件の事案など詳細については以下のブログを参照ください。

福岡の弁護士が未払残業代の仕組みを分かりやすく・詳しく解説~薬剤師の業務手当は定額残業代にあたるか(日本ケミカル事件)


6 判例・裁判例ーモルガン・スタンレー・ジャパン(超過勤務手当)事件

 基本給組込みタイプでは,支払方法が労働基準法37条に適合するかどうかにつき,①通常の労働時間の賃金に相当する部分と割増賃金にあたる部分とを判別することができ(「判別」要件),かつ,②割増賃金にあたる部分が法定計算額以上でなければ(「割増賃金額」要件),このような支払方法をとることができないと考えられています(水町・前掲684頁)。しかしながら,給与が労働時間ではなく営業利益や役割によって決まり,その金額も高額で,使用者による勤務時間の管理も行われていないなどといった事情があるときに,上記①②の要件を検討することなく,基本給に時間外労働に対する対価が含まれている旨の合意を有効とすることができるか。この点について判断したのが,モルガン・スタンレー・ジャパン(超過勤務手当)事件(東京地判平成17・10・19労判905号5頁)です。


 この事件の判決は,国際的な総合金融サービスグループの日本拠点であるモルガン・スタンレー・ジャパンにおいて労働時間の管理を受けず年間数千万の高額の報酬を得て自己の裁量で働くトレーダーについて,年間基本給の中に時間外労働の対価が含まれていて,トレーダーは毎月基本給の支給を受け,異議なく受領したことで,当該月の時間外労働に対する手当の支給を受けて弁済がされたとし,トレーダーの未払残業代請求を棄却したことで注目を集めました。


 ただ,年俸1700万円の中に時間外労働等の割増賃金を含むとの合意があった勤務医の事件で,最高裁は,労働基準法37条には使用者に割増賃金を支払わせることによって時間外労働等を抑制しようとする趣旨が含まれているとして,通常の労働時間相当部分と割増賃金部分が判別できない年俸の支払いによって同条の割増賃金が支払われたということはできないと判断していますので(医療法人社団康心会事件(最二小判平成29・7・7労判1168号49頁))(水町・前掲686,687頁),このモルガン・スタンレー・ジャパン(超過勤務手当)事件の判決の評価は,基本給組込みタイプの判断手法の観点からは慎重にならざるを得ません。


★モルガン・スタンレー・ジャパン(超過勤務手当)事件の事案など詳細については以下のブログを参照ください。

福岡の弁護士が未払残業代の仕組みを分かりやすく・詳しく解説~年間数千万円の報酬のトレーダーの残業代(モルガン・スタンレー・ジャパン(超過勤務手当)事件)

 

7 判例・裁判例ー関西ソニー事件

 会社が労働者に支給する手当が定額の時間外割増賃金としての性質を有すると認められた事例を紹介します。関西ソニー事件(大阪地判昭和63・10・26労判530号40頁)です。


 この事件で未払残業代を請求されたのは,メーカーの製造する商品を小売店に対し卸売販売する会社です。未払残業代を請求した労働者は,特約店への家電製品の売り込み等のセールス業務に従事していました。

 労働者は関西ソニーに対し,未払残業代,すなわち時間外労働割増賃金を請求したのですが,関西ソニーは,未払残業代を請求した労働者に支給した「セールス手当」は給与規則上,時間外労働の対価として支払われるもので定額の時間外労働割増賃金としての性質を有しており,さらに労働者が請求する時間外労働割増賃金よりも実際に支払ったセールス手当の方が多額であるなどと反論しました。

 未払残業代を請求した労働者の方では,セールス手当は外勤に伴う様々な支出に対する補償であり,時間外労働に対する対価ではないと主張しています。


 関西ソニーの就業規則及び給与規則で関係する部分を確認しておきましょう。なお,以下は裁判例検索データベース記載の情報を基にしています。


就業規則

第二十六条(給与の体系とその計算)

給与の体系並びにその計算給与に関する明細は、別に定める給与規則によることとします。


給与規則

第三条(給与の計算期間)

給与の計算期間は次のとおりとします。

1 基本給、家族手当、役職手当及び住宅手当については、前月二一日より当月二〇日までとします。以下省略

2 超過勤務手当、休日勤務手当、日直手当、宿直手当については前月一一日より当月一〇日までとします。

3 なお、附則1(残業手当)、2(セールス手当)については上記1によるものとします。


第五条(支給日時)

1 給与の支給日時は毎月二五日の所定終業時刻一時間以内とします。以下省略


第十三条(超過勤務手当)

1 社員が指示され、また、申し出て、承認されて所定の労働時間を超えて働いた場合(以下超過勤務といいます)には、その時間数に応じて超過勤務手当を支給します。

2 超過勤務手当を下記の三種とします。

(1)第一超過勤務手当 午前五時以降所定就業時刻まで(早出)、午後六時以降午後一〇時まで(残業)の時間外勤務時間に対しては、その時間に7時間45分×264日分の(基本給+住宅手当+役職手当)×12カ月×1.25を乗じた金額を第一超過勤務手当として支給します。

(2)第二超過勤務手当 前号における時間を超える午後一〇時より午前五時までの時間外勤務に対しては、その時間に7時間45分×264日分の(基本給+住宅手当+役職手当)×12カ月×1.50を乗じた金額を第二超過勤務手当として支給します。

以下省略


第十四条(休日勤務手当)

1 会社が社員を休日に勤務させた場合、その就労時間に第一超過勤務手当一時間分を乗じた金額を休日勤務手当として支給します。

2 前項の就労時間が午後一〇時より午前五時までの間に亘る場合は、その部分については前項の規定にかかわらず第二超過勤務手当の賃率で計算します。


附則一 (残務手当)所定労働日の午後五時三〇分より午後六時迄の勤務に対しては、残務手当として基本給の七%を支給します。


附則二 (セールス手当)営業等社外での勤務を主体とする者にはセールス手当を支給します。但し、セールス手当支給該当者は第十三条(超過勤務手当)及び附則一(残務手当)は支給されません。

 なお、セールス手当支給該当者でも休日に勤務した場合については第十四条休日勤務手当を支給します。


 判決では,セールス手当は休日労働を除く時間外労働に対する対価として支払われるものであり,いわば定額の時間外手当としての性質を有することが認められるとしています。その際,①就業規則及び給与規則の規定,②関西ソニーがセールスマンの時間外勤務時間が平均して1日約1時間で1か月間では合計23時間であるという調査結果をもとにセールス手当を基本給月額17%とする割合を定めたこと,③セールス手当は休日労働に対する割増賃金を充足するものではないので,セールス手当受給者に対しても休日勤務手当を別途支給していることを認定し,それらを判断の根拠としています。


 この判決は,最高裁日本ケミカル事件判決以前のものですが,上記①~③を判断の根拠事実として適示している点は,最高裁日本ケミカル事件判決が示した,①契約書への記載や使用者の説明等に基づく労働契約上の対価としての位置づけ,および,②実際の勤務状況に照らした手当と実態との関連性・近接性を考慮するという判断枠組みと親和的であるように思われます。


 その上で,この判決は,労働基準法37条は時間外労働等に対し一定額以上の割増賃金の支払を使用者に命じているところ,同条所定の額以上の割増賃金の支払がなされるかぎりその趣旨は満たされ同条所定の計算方法を用いることまでは要しないので,その支払額が法所定の計算方法による割増賃金額を上回る以上,割増賃金として一定額を支払うことも許されるが,現実の労働時間によって計算した割増賃金額が一定額を上回っている場合には,労働者は使用者に対しその差額の支払を請求することができるとしています。

 もっとも,判決では,未払残業代を請求した労働者の労働時間を証拠に基づき認定し,その労働時間により計算した割増賃金額は,実際に支給されたセールス手当の額を下回っているとして,最終的に労働者の未払残業代の請求を認めませんでした。


更新日 2020年8月13日

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