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執筆者の写真弁護士古賀象二郎

「ジョブ型」雇用と使用者の労働時間適正把握義務

更新日:2020年11月6日

【執筆した弁護士】

古賀 象二郎(こが・しょうじろう)弁護士

1974年,佐賀県鳥栖市生まれ。一橋大学経済学部を卒業後,民間企業に勤務。神戸大学法科大学院を経て,2009年に弁護士登録。

事務所名:古賀象二郎法律事務所(福岡市中央区) URL:事務所HP

日本弁護士連合会会員・福岡県弁護士会会員 URL:会員情報

                                         

<本日の内容>

1 2020年6月8日付日本経済新聞朝刊の記事

2 使用者による労働者の労働時間を適正に把握する義務

3 労働時間適正把握の方法

4 労働時間適正把握義務の目的・対象,「ジョブ型」雇用における労働時間適正把握義務

5 まとめ

                                         

1 2020年6月8日付日本経済新聞朝刊の記事

 2020年6月8日付日本経済新聞朝刊では,新型コロナウイルス感染拡大を機に普及した在宅勤務の定着に向けて,企業が社内制度の見直しに動き始めたとの記事が掲載されていました。

 日本経済新聞朝刊の記事では,富士通や日立製作所の取り組みについて再度言及があり,さらに資生堂が,少なくとも約8000人のオフィス勤務の一般社員を対象に2021年1月から「ジョブ型」雇用に移行するとありました。

 記事では,こうした動きの背景を,「国内企業の多くは労働法制の制約もあり労働時間に応じて賃金を支払う仕組みが長く定着していた。しかし,会社でない場所で働く社員を時間で管理するのが難しく,労働基準法で定められた残業代支払いルールに抵触する恐れもあった。こうした問題を解決するため,企業は職務定義書(ジョブディスクリプション)で社員の職務を明示し,その達成度合いなどをみる『ジョブ型』雇用の導入を進めている」と分析しています。


2 使用者による労働者の労働時間を適正に把握する義務

 労働者の評価を労働時間ではなく職務内容で行うというのは良いとしても,労働法の理解に関し,この記事は誤解を招くようにも読めましたので,補足して説明します。

 

 労働基準法は,使用者に労働者の労働時間を適正に把握する責務を課しているとされています。この使用者による労働時間適正把握の責務は,厚生労働省による「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」(平13・4・6基発339号)の策定を経て,2018(平成30)年の働き方改革関連法により,労働安全衛生法に使用者(労働安全衛生法上では「事業者」といいます。)の義務とする規定が置かれました(労働安全衛生法66条の8の3,労働安全規則52条の7の3)。


3 労働時間適正把握の方法

 この働き方改革関連法により労働安全衛生法に規定が置かれた労働時間の適正把握義務の方法を確認しておきましょう。


 まず,労働者の労働時間適正把握にあたっては,厚生労働省令で定める方法により,「労働者の労働時間の状況」を把握しなければならないとされています(労働安全衛生法66条の8の3,労働安全衛生規則52条の7の3)。

 「労働者の労働時間の状況を把握」とは,労働者の健康確保措置を適切に実施する観点から,労働者がいかなる時間帯にどの程度の時間,労務を提供し得る状態にあったかを把握するものとされています(平30・12・28基発1228第16号問答8)。


 上述の労働時間の状況を把握する方法としては,原則として,タイムカード,パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間(ログインからログアウトまでの時間)の記録,事業者(事業者から労働時間の状況を管理する権限を委譲された者を含む。)の現認等の客観的な記録により,労働者の労働日ごとの出退勤時刻や入退室時刻の記録等を把握しなければなりません(平30・12・28基発1228第16号問答8)。


 もっとも,労働時間の状況を把握する方法について,労働安全衛生規則52条の7の3第1項は,「タイムカード、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法その他の適切な方法」と規定していて,上述の方法のほかに,「その他の適切な方法」によることも許容されます。

 もっとも,この「その他の適切な方法」の意味については,やむを得ず客観的な方法により把握し難い場合において,労働者の自己申告による把握が考えられるが,その場合,事業者は以下ア~オの措置を全て講じる必要がある,とされています(平30・12・28基発1228第16号問答11)。


ア 自己申告制の対象となる労働者に対して,労働時間の状況の実態を正しく記録し,適正に自己申告を行ことなどについて十分な説明を行うこと。


イ 実際の労働時間の状況を管理する者に対して,自己申告制の適正な運用を含め,講ずべき措置について十分な説明を行うこと。


ウ 自己申告により把握した労働時間の状況が実際の労働時間の状況と合致しているか否かについて,必要に応じて実態調査を実施し,所要の労働時間の状況の補正をすること。


エ 自己申告した労働時間の状況を超えて事業場内にいる時間又は事業場外において労務を提供し得る状態であった時間について,その理由等を労働者に報告させる場合には,当該報告が適正に行われているかについて確認すること。

  その際に,休憩や自主的な研修,教育訓練,学習等であるため労働時間の状況ではないと報告されていても,実際には,事業者の指示により業務に従事しているなど,事業者の指揮命令下に置かれていたと認められる時間については,労働時間の状況として扱わなければならないこと。


オ 自己申告制は,労働者による適正な申告を前提として成り立つものである。このため,事業者は,労働者が自己申告できる労働時間の状況に上限を設け,上限を超える申告を認めないなど,労働者により労働時間の状況の適正な申告を阻害する措置を講じてはならないこと。

  また,時間外労働時間の削減のための社内通達や時間外労働手当の定額払等労働時間に係る事業場の措置が,労働者の労働時間の状況の適正な申告を阻害する要因となっていないかについて確認するとともに,当該阻害要因となっている場合においては,改善のための措置を講ずること。

  さらに,労基法の定める法定労働時間や時間外労働に関する労使協定(いわゆる36協定)により延長することができる時間数を遵守することは当然であるが,実際には延長することができる時間数を超えて労働しているにもかかわらず,記録上これを守っているようにすることが,実際に労働時間の状況を管理する者や労働者等において,慣習的に行われていないかについても確認すること。


 このように,「その他の適切な方法」は,やむを得ず客観的な方法により把握し難い場合に限り認められるものです。したがって, タイムカードによる出退勤時刻や入退室時刻の記録やパーソナルコンピュータの使用時間の記録などのデータを有する場合や事業者の現認により当該労働者の労働時間を把握できる場合にもかかわらず,上述の自己申告制による把握のみにより労働時間の状況を把握することは,認められません。


 「その他の適切な方法」を採ることが許容される「やむを得ず客観的な方法により把握し難い場合」に当たるのは, 例えば,労働者が事業場外において行う業務に直行又は直帰する場合など,事業者の現認を含め,労働時間の状況を客観的に把握する手段がない場合とされ, 「やむを得ず客観的な方法により把握し難い場合」かどうかは,当該労働者の働き方の実態や法の趣旨を踏まえ,適切な方法を個別に判断されます(平30・12・28基発1228第16号問答12)。

 なお,労働者が事業場外において行う業務に直行又は直帰する場合などにおいても,例えば,事業場外から社内システムにアクセスすることが可能であり,客観的な方法による労働時間の状況を把握できる場合もあるため,直行又は直帰であることのみを理由として,自己申告により労働時間の状況を把握することは,認められません(平30・12・28基発1228第16号問答12)。

4 労働時間適正把握義務の目的・対象,「ジョブ型」雇用における労働時間適正把握義務

 これまで労働時間適正把握義務の方法について説明してきましたが,労働時間適正把握義務の目的・対象は次のように説明されています。


 すなわち,今回の改正で労働安全衛生法に置かれた使用者の労働時間適正把握義務については,サービス残業対策から労働者の健康確保を目的とするものに改められたのであり(水町勇一郎『詳解労働法』(東京大学出版会,2019年)655,656頁),労働安全衛生法66条の8の3の労働時間適正把握義務は,労働者の健康の保持を考慮して一定の要件に該当する労働者に対し医師による面接指導を実施するために行うもの,とされています。


 このように,使用者の労働時間適正把握義務の位置づけがサービス残業対策から労働者の健康確保を目的とするのがものに改められたことから,労働安全衛生法における使用者の労働時間適正把握義務の対象には,割増賃金の支払いの対象となっていない管理監督者(労働基準法41条2号)や,事業場外労働のみなし制の適用者(労働基準法38条の2)なども含まれるとされました(平30・12・28基発16号)(水町・前掲656頁)。


 また,どのような人事評価制度であっても,労働者の健康確保は変わらず求められますから,「ジョブ型」雇用に移行し,労働者が職務内容で評価されることとなろうとも,使用者には,労基法上の労働時間規制の適用除外とされる管理監督者なども含む労働者の労働時間適正把握義務を,上述の方法により果たすことが求められます。


5 まとめ

 新型コロナウイルスの感染拡大を防止する工夫の中で社会が不可逆的に変化し,あるいは現行法や従来解釈は社会状況にそぐわない部分を抱えてしまったのかもしれません。その観点から現行法等を見直すべきかどうかの議論は必要かもしれませんが,しかし,現状では上述のとおりに理解するしかなく,使用者の労働時間適正把握義務が解除されることはありません。ジョブ型雇用であれ,時間の把握が困難な在宅勤務であれ,それらは,労働者の健康確保という目的のため,使用者による労働者の適切な時間管理の中で実施されなければなりませんので,注意してください。

                                         

更新日 2020年11月6日

福岡市中央区 古賀象二郎法律事務所

弁護士 古賀象二郎


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