【執筆した弁護士】
古賀 象二郎(こが・しょうじろう)弁護士
1974年,佐賀県鳥栖市生まれ。一橋大学経済学部を卒業後,民間企業に勤務。神戸大学法科大学院を経て,2009年に弁護士登録。
事務所名:古賀象二郎法律事務所(福岡市中央区) URL:事務所HP
日本弁護士連合会会員・福岡県弁護士会会員 URL:会員情報
★未払残業代請求の基礎知識についてはこちらをご覧ください。
<本日の内容>
1 定額残業代(別枠手当タイプ)の労働基準法37条適合性
2 判例・裁判例ー日本ケミカル事件
1 定額残業代(別枠手当タイプ)の労働基準法37条適合性
使用者が定額残業代と主張する賃金部分が時間外労働等の対価にあたるかどうか,その判断枠組みを示したのが日本ケミカル事件(最一小半平成30・7・19労判1186号5頁)であることは,以下のブログでも書いたとおりです。
このブログでは日本ケミカル事件について事案も含め深く検討します。
その前提となる基本的知識の再確認ですが,労働基準法が定める割増賃金の算出方法によらず,定額残業代などとして割増賃金を定額支給としている会社には,基本給などの総賃金のなかに割増賃金部分を組み込んで支給しているタイプ(基本給組込みタイプ)と,基本給とは別に営業手当,役職手当など割増賃金に代わる手当等を定額で支給するタイプ(別枠手当タイプ)があるとされます(水町勇一郎『詳解労働法』(東京大学出版会,2019年)684頁)。
このうちの別枠手当タイプでは, 使用者側が定額残業代と主張する部分が「割増賃金に当たる部分」といえるのか,すなわち時間外労働等の対価といえるのかがまず問題となります。定額残業代が時間外労働等の対価といえなければ, 使用者は,手当の支払いに関わらず,割増賃金の全額を支払う義務を負います。時間外労働等の対価と認められても,定額残業代が労働時間に応じた労働基準法所定の割増賃金に満たなければ,使用者は,その差額を支払う義務を負います。
2 判例・裁判例ー日本ケミカル事件
日本ケミカル事件で,未払残業代を支払うよう請求されたのが保険調剤薬局の運営を主たる業務とする会社で,未払残業代を請求した労働者は薬局において薬剤師として勤務していた者です。未払残業代を請求した労働者の賃金は基本給46万円1500円,業務手当10万1000円で,日本ケミカルの賃金規程には,「業務手当は,一賃金支払い期において時間外労働があったものとみなして,時間手当の代わりとして支給する。」との記載がありました。この業務手当が時間外労働等の対価とされれば,定額残業代のいわゆる別枠手当タイプに分類される事案です。
判決は, 使用者が主張する賃金部分が時間外労働等の対価にあたるかどうかについて,雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか,具体的事案に応じ,使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容,労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきであるとしました。
この事例では,未払残業代を請求した労働者の時間外労働等の時間は,15回の賃金計算期間のうち,30時間以上が3回,20時間未満が2回,20時間台が10回でした。雇用契約に係る契約書には,賃金について「月額562,500円(残業手当含む)」,「給与明細書表示(月額給与461,500円 業務手当101,000円)」との記載がありました。また,雇用契約に係る採用条件確認書には,「月額給与 461,500」,「業務手当 101,000 みなし時間外手当」,「時間外勤務手当の取り扱い 年収に見込み残業代を含む」,「時間外手当は,みなし残業時間を超えた場合はこの限りではない」との記載がありました。さらに日本ケミカルと他の労働者との間で作成された確認書には,業務手当月額として確定金額の記載があり,「業務手当は,固定時間外労働賃金(時間外労働30時間分)として毎月支給します。一賃金計算期間における時間外労働がその時間に満たない場合であっても全額支給します。」等の記載がありました。
以上の事実関係を踏まえ,判決は,①雇用契約に係る契約書及び採用条件確認書並びに賃金規程において,月々支払われる所定賃金のうち業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載され,確認書にも業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨記載されていたというのであるから,日本ケミカルの賃金体系においては,業務手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものと位置付けられていたということができる。②未払残業代を請求した労働者に支払われた業務手当は,約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当するものであり,未払残業代を請求した労働者の実際の時間外労働等の状況と大きくかい離しない。これらによれば,未払残業代を請求した労働者に支払われた業務手当は,雇用契約において時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていたと認められるとしています。
この最高裁日本ケミカル事件判決については,「客観的な実態に基づいて判断されるべき強行法規である労働基準法37条の解釈として,労働者の主観的認識や抽象性の高い要件を取り込んでいた同事件の原審判決(その前提にあった櫻井補足意見)を軌道修正し,最高裁として,定額残業代の割増賃金該当性について,①契約書への記載や使用者の説明等に基づく労働契約上の対価としての位置づけ,および,②実際の勤務状況に照らした手当と実態との関連性・近接性を考慮する判断枠組みを提示したものということができる」と評する見解があります(水町・前掲685,686頁)。
更新日 2020年8月25日
福岡市中央区 古賀象二郎法律事務所
弁護士 古賀象二郎

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