未払残業代請求の基礎知識についてはこちらをご覧ください。
<本日の内容>
1 管理職手当等の除外賃金該当性
2 判例・裁判例ー日本アイティーアイ事件
1 管理職手当等の除外賃金該当性 労働者からの未払残業代の請求に対し,会社側がその労働者は管理監督者(労働基準法41条2号)なので労働基準法37条は適用されないと反論することがあります。管理監督者性が争点となる事例です。しかし,裁判例では,管理監督者性は厳格に判断される傾向にあり(渡辺弘『リーガル・プログレッシブ・シリーズ9 労働関係訴訟』(青林書林,2010年)181頁),会社側の主張が認められることは必ずしも多くはありません。
では,労働者の管理監督者性が否定され,未払残業代を支払わなければならない場合に,会社内では管理職として支給されていた管理職手当等は,割増賃金の算定基礎に含まれるのか,あるいは,除外賃金となりさらに割増賃金の支払いに充当できるのか。
この問題については,管理職手当等の実態によって判断が分かれ,管理職手当等の支払いの基準,額,経緯等から実質的にみて,時間外・休日・深夜労働の対価として支払われる手当で通常の賃金と判別できるものと認められれば,割増賃金の算定基礎から除外され,割増賃金の支払いに充当されうるが,そうでなければ「通常の労働時間又は労働日の賃金」として割増賃金の算定基礎に算入され,割増賃金の支払いに充当することができないと説明されることがあります(水町勇一郎『詳解労働法』(東京大学出版会,2019年)690頁)。
しかしながら,手当の割増賃金該当性については,最高裁日本ケミカル事件判決が,①契約書への記載や使用者の説明等に基づく労働契約上の対価としての位置づけ,および,②実際の勤務状況に照らした手当と実態との関連性・近接性を考慮する判断枠組みを提示したされています(水町・前掲686頁)。この最高裁日本ケミカル事件判決を考慮に入れたときは,管理監督者性の主張と,割増賃金該当性の主張は,両立(管理監督者性は否定されたが,管理職手当等の割増賃金該当性が肯定されるなど)が難しいように思われます。
2 判例・裁判例ー日本アイティーアイ事件
最高裁日本ケミカル事件判決以前の裁判例でみると,未払残業代請求した労働者の管理監督者性は否定したが,支給されていた手当が割増賃金の支払いに充当されると判断したとされるものはあります。日本アイティーアイ事件(東京地判平成9・7・28労判787号30頁)です。
この事例で未払残業代を請求されたのが,銀行,ホテル等の両替商に対する紙幣の偽造鑑定機の販売及び保守を業とする会社です。なお,この事案では,日本アイティーアイと同じ商号で同じ内容の業務を行っていた旧会社に未払残業代を請求した労働者らは雇用され,その後,旧会社の商号変更に伴い,日本アイティーアイに事業譲渡がされたという経緯があります。
日本アイティーアイの就業規則の一部である給与規定には,営業職及び課長以上の管理職の従業員は,時間外・休日勤務手当の支給対象外とする旨の規定がありました。
未払残業代を請求した労働者らは,旧会社及び日本アイティーアイにおいて,ともに「金融営業部(技術課)主任」の肩書を有し,営業職であり,営業部の従業員を統括する立場にあり,旧会社及び日本アイティーアイを通じて時間外・休日勤務手当は支給されていませんでした。
一方で, 未払残業代を請求した労働者らは,旧会社に雇用された際に手取り給与額を月額31万円,月額33万円でそれぞれ合意しつつ,表向きは24万円あまりとし,不足分は裏給与として10万円を超える金額が直接現金で支給されていました。事業譲渡後はこの取扱いは改められましたが,平成5年9月分から12月分までは基本給15万5250円・役職手当3万円・営業手当16万8000円等,基本給18万0875円・役職手当3万円・営業手当16万円等としてそれぞれ支給され,平成6年1月分から7月分までは基本給20万円・役職手当3万円・業務手当14万3250円等, 基本給19万円・役職手当3万円・業務手当17万0875円等としてそれぞれ支給されていました。
以上の事実関係を踏まえ,判決は,まず,未払残業代を請求した労働者らは営業部の従業員を統括する立場にあったとはいえ管理監督者に該当するとは到底認められないとして,日本アイティーアイの管理監督者性の主張を排斥しています。
その一方で,未払残業代を請求した労働者らに対して,旧会社においては,それぞれ裏給与として月額10万円を超える金額が支給され,日本アイティーアイにおいては,役職手当,営業手当又は業務手当として相当の金額が支給されていて,これらが営業職であり,管理職である未払残業代を請求した労働者らに時間外・休日勤務手当を支給しないことの代償措置の一面を有することが認められるとし,各月の基本給を元に労働基準法及び就業規則に従って計算した割増賃金の額が,役職手当等の額を超える場合はその超過する金額を請求できるが,超えない場合は改めて割増賃金を請求することはできないとしています。
判決文からだけでは事案の詳細を把握し切れない部分はあるとは思いますが, 最高裁日本ケミカル事件判決の判断枠組みからすれば,旧会社の裏給与,日本アイティーアイの役職手当,営業手当又は業務手当が時間外労働の対価であると認定する材料に乏しく,この判決は「時間外・休日勤務手当を支給しないことの代償措置の一面を有すること」だけをもって割増賃金該当性を肯定しているようにも読めます。
もっとも,この判決は,労働者らの未払残業代の主張(常に他の従業員よりも遅くまで残業したとして残業時間を推計)について,未払残業代を請求した労働者らが常に他の従業員よりも遅くまで残業していたということを裏付ける的確な証拠がなく,役職手当等の額を超える割増賃金の根拠となる時間外及び休日勤務の存在を認める証拠がないとしています。
時間外労働の事実が認定できなければ,それだけで未払残業代の請求は認められないということになります。そうすると,この判決の管理監督者性や割増賃金該当性についての判示部分は,そもそも必要であったか疑問が残るところです。
2020年7月1日
福岡市中央区 古賀象二郎法律事務所
弁護士 古賀象二郎
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