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<本日の内容>
1 フレックスタイム制
2 フレックスタイム制の要件
3 フレックスタイム制の効果
4 在宅勤務などテレワークによるフレックスタイム制
5 厚生労働省作成のパンフレット
1 フレックスタイム制
1週40時間・1日8時間の法定労働時間を基本とする労働基準法の労働時間規制の枠組みに対し,これを柔軟化するための特別な制度も労働基準法には置かれています。そのうちの一つがフレックスタイム制で,労働者が,1か月などの単位期間のなかで一定時間数労働することを条件として,1日の労働時間を自己の選択する時に開始し,かつ終了できる制度です(菅野和夫『労働法(第12版)』(弘文堂,2019年)536頁)。労働者からの未払残業代請求に対し,使用者側がこのフレックスタイム制を主張して反論することがあります。
2 フレックスタイム制の要件
フレックスタイム制が労働者に適用されるためには,まず就業規則(常用労働者10人未満の事業場ではこれに準じるもの)により,始業・終業の時刻を労働者の決定に委ねることを定める必要があります(労働基準法32の3第1項柱書)。この場合,始業・終業の時刻の両方を労働者の決定に委ねる必要があり,一方のみ労働者の決定に委ねるのでは足りないとされます(昭63・1・1基発1号等)。また,こうした定めを置いたときは, 労働者が労働をしなければならない時間帯(コアタイム)を除き,使用者が労働者にある時刻までの出勤や居残りを命ずることはできません(菅野・前掲537頁, 水町勇一郎『詳解労働法』(東京大学出版会,2019年)701頁)。
次に,一定事項を定めた労使協定を事業場の過半数代表と締結する必要があります(労働基準法32条の3第1項)。この労使協定で定めるべき事項とは,①フレックスタイム制の対象労働者の範囲(労働基準法32条の3第1項1号),②3か月以内の単位期間(「清算期間」)(労働基準法32条の3第1項2号),③清算期間における総労働時間(清算期間を平均し1週間当たりの労働時間が法定労働時間を超えない時間)(労働基準法32条の3第1項3号),④標準となる1日の労働時間(労働基準法32条の3第1項4号,労働基準法施行規則12条の3第1項1号),⑤コアタイムを定める場合にはその時間帯の開始・終了時刻(労働基準法32条の3第1項4号,労働基準法施行規則12条の3第1項2号),⑥労働者がその選択により労働することができる時間帯(フレキシブルタイム)に制限を設ける場合には,その制限の開始・終了時刻(労働基準法32条の3第1項4号,労働基準法施行規則12条の3第1項3号),⑦清算期間が1か月を超える場合の協定の有効期限(労働基準法32条の3第1項4号,労働基準法施行規則12条の3第1項4号)です。
②については,起算日を就業規則または労使協定で明らかにしなければならないとされています(労働基準法施行規則12条の2第1項)。
④はフレックスタイム制において労働者が年次有給休暇を取得した場合の対応のために記載が求められるものです。ここで定められる労働時間が年次有給休暇取得の際に支払われる賃金の算定基礎となり,また,ここで定められる時間労働したものと取り扱われます(昭63・1・1基発1号等)。
②で清算期間が1か月を超える場合には,労使協定を所轄労働基準監督署長に届け出なければなりません(労働基準法32条の3第4項,労働基準法施行規則12条の3第2項)。
3 フレックスタイム制の効果
フレックスタイム制が適用される労働者については,清算期間を平均して週の法定労働時間を超えない限り,1週または1日の法定労働時間を超えて労働させることができ, 1週または1日の法定労働時間を超えて労働させても法定時間外労働とならず,残業代も発生しません(労働基準法32条の3第1項)。フレックスタイム制においては,1週および1日あたりの規制は解除され,清算期間における法定労働時間の総枠による規制となります。
清算期間における法定労働時間の総枠は,例えば清算期間1か月・暦日31日のときは,
1週の法定労働時間40時間×清算期間における暦日数31日/7=177.1…時間
と計算されます(昭63・1・1基発1号)。
この総枠を超えて労働者を労働させることはできず,総枠を超えた時間を労働させるには36協定の締結・届出が必要となり(労働基準法36条),その労働時間は法定時間外労働とされ,残業代が発生することとなります(菅野・前掲539頁,水町・前掲702頁)。
なお,常時10人未満の労働者を使用する商業(労働基準法別表1の8号),映画・演劇業(労働基準法別表1の10号,映画の製作を除く),保健衛生業(労働基準法別表1の13号),接客業(労働基準法別表1の14号)については,事業の特殊性から週の法定労働時間が44時間とされていますので注意してください(労働基準法施行規則25条の2第1項)。
また, 例えば清算期間1か月・暦日31日のときの清算期間における法定労働時間の総枠は,上述の計算方法により177.1…時間とされるのが原則です。ただ,完全週休2日制をとっている企業では,カレンダー上の週休日の位置によって暦日31日の月でも労働日が21日のときもあれば23日のときもあり,フレックスタイム制で毎日8時間と労働時間が一定でも,労働日数23日のときは184時間(8時間×23日)の労働時間となって,総枠を超える部分が発生します。そこで,この場合に法定時間外労働が発生しないよう, 清算期間における法定労働時間の総枠を184時間(8時間×23日)と労使協定で定めることができるとする特則が置かれています(労働基準法32条の3第3項)。
清算期間が1か月を超えるフレックスタイム制においても,1週および1日あたりの規制が解除され,清算期間における法定労働時間の総枠による規制となることは同様です。もっとも,一定期間の労働時間が長くなりすぎないようにするため,労働者を労働させることができるのは,清算期間の開始以後1か月ごとに区分した期間において1週あたりの平均の労働時間で50時間を超えないという規制が加わります(労働基準法32条の3第2項)。そこで, 清算期間が1か月を超えるフレックスタイム制では,①1か月の区分期間を平均して1週あたり50時間を超えて労働者を労働させることはできず,50時間を超えた時間を労働させるには36協定の締結・届出が必要となり(労働基準法36条),その労働時間は法定時間外労働とされ,残業代が発生することとなります(平30・12・28基発15号)。また,②清算期間の最後においては,最終の区分期間を平均して1週あたり50時間を超えて労働させた時間(①)に加えて,清算期間における総実労働時間から,ア)清算期間の法定労働時間の総枠及びイ)清算期間中のその他の期間において法定時間外労働として取り扱った時間を控除した時間が法定時間外労働とされ, 残業代が発生することとなります(平30・12・28基発15号)。
4 在宅勤務などテレワークによるフレックスタイム制
新型コロナウイルスの感染拡大の影響で急速に普及した,労働者が情報通信技術を利用して行う事業場外勤務(「テレワーク」。テレワークの形態としては,在宅勤務,サテライトオフィス勤務,モバイル勤務など。)に関し,厚生労働省は,「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」(平30・2・22策定)を策定しています。
その中で,テレワークにおいてもフレックスタイム制を活用することが可能であり,例えば,労働者の都合に合わせて,始業や就業の時刻を調整することや,オフィス勤務の日は労働時間を長く,一方で在宅勤務の日の労働時間を短くして家庭生活に充てる時間を増やすといった運用が可能であるとしています。
5 厚生労働省作成のパンフレット
厚生労働省がフレックスタイム制に関するパンフレット作成していますので,そちらも案内しておきます。
【パンフレット】
2020年7月21日
福岡市中央区 古賀象二郎法律事務所
弁護士 古賀象二郎
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