TOPICS 遺産相続・遺言
遺産相続・遺言を分かりやすく・詳しく解説します。
【執筆した弁護士】
古賀 象二郎(こが・しょうじろう)弁護士
1974年,佐賀県鳥栖市生まれ。一橋大学経済学部を卒業後,民間企業に勤務。神戸大学法科大学院を経て,2009年に弁護士登録。
事務所名:古賀象二郎法律事務所(福岡市中央区) URL:事務所HP
日本弁護士連合会会員・福岡県弁護士会会員 URL:会員情報
<目次>
1 相続制度
2 相続の開始
3 相続人
3-1 相続人の条件・種類
3-2 熟慮期間中の相続人による相続財産の管理
3-3 相続税法の関係規定例
4 代襲相続
4-1 代襲相続の概要
4-2 代襲者,代襲原因
4-3 再代襲相続
4-4 代襲者の相続分
4-5 相続税法の関係規定例
5 相続欠格と推定相続人の廃除
5-1 相続欠格の概要
5-2 相続欠格事由
5-3 相続欠格の効果
5-4 相続欠格の取消し
5-5 遺贈の受遺欠格事由における相続欠格事由の準用
5-6 廃除の概要
5-7 廃除事由
5-8 廃除の手続
5-9 廃除の効果
5-10 廃除の取消し
5-11 廃除の審判が確定するまでの相続財産の管理
5-12 遺贈の受遺欠格事由における廃除事由の不準用
5-13 相続税法の相続欠格と推定相続人の廃除の関係規定例
6 相続の承認・放棄
6-1 相続の承認・放棄の概要
6-2 単純承認
6-3 限定承認
6-4 放棄
6-5 熟慮期間
6-6 法定単純承認
7 遺産の承継
7-1 遺産の承継の原則ー相続財産の包括承継
7-2 遺産の承継の例外ー帰属上の一身専属権
7-3 遺産該当性(生命保険請求権,死亡退職金,遺族年金)
7-4 祖先祭具等
8 遺産共有
8-1 共同相続人の共有となるもの・共有とならないもの
8-2 共同相続人による共有ー遺産共有
8-2-1 遺産共有の意義・位置づけ
8-2-2 遺産共有となっている相続財産の管理
8-2-3 相続財産に関する費用の処理
8-3 共同相続人による共有とならないものー金銭債権・金銭債務
8-4 金銭債権の例外(共同相続人による遺産共有となるもの)
8-5 預貯金債権の行使等に関する措置
8-6 預貯金債権の行使等に関する措置ー預貯金債権の一部行使
8-7 預貯金債権の行使等に関する措置ー家事事件手続法の保全処分
9 遺産の範囲の争い
10 相続分
10-1 異なった意味の「相続分」
10-2 指定相続分
10-3 法定相続分
10-4 具体的相続分
10-4-1 具体的相続分の概要
10-4-2 特別受益
10-4-2-1 特別受益による調整の具体的方法
10-4-2-2 特別受益にあたる利益ー遺贈,婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本としての贈与
10-4-2-3 みなし相続財産の算定ー基点,債務の扱い,加算する贈与の価額の基準時,贈与財産の滅失等
10-4-2-4 持戻しの免除の意思表示
10-4-2-5 超過特別受益
10-4-3 寄与分
10-4-3-1 寄与分による調整の具体的方法
10-4-3-2 寄与分決定の手続
10-4-3-3 寄与分にあたる寄与
10-4-3-4 みなし相続財産の算定
10-4-3-5 寄与分と遺贈,寄与分と遺留分
10-4-4 特別寄与料請求権
10-4-4-1 相続人以外の被相続人の親族による寄与
10-4-4-2 特別寄与者
10-4-4-3 特別寄与料が認められる寄与
10-4-4-4 特別寄与料請求の手続・金額・負担者
10-4-4-5 特別寄与料請求の権利行使の期間制限
10-4-5 特別寄与者以外の貢献の考慮
11 個々の相続財産上の持分の譲渡,相続分の譲渡・取戻し・放棄
11-1 個々の相続財産上の持分の譲渡
11-2 相続分の譲渡
11-3 相続分の取戻し
11-4 相続分の放棄
1 相続制度
人が死亡したときに,その人の財産上の地位(権利・義務)を誰がどのような形で承継するのかが相続の問題ですが,それはひとつの回答が用意されている類のものではなく,国家による制度選択・政策決定の問題です。そして,わが国がどのような相続制度を選択したのかは,民法が示しています。
2 相続の開始
そして,わが国の民法第5編は,「相続」と題し,「相続は、死亡によって開始する。」という条文より始まっています(民法882条)。相続開始の原因をいう条文であるとされます。なお,「死亡」には,人(自然人)本来の死亡以外に,失踪宣告によるものも含まれます(民法30条以下)。
3 相続人
3-1 相続人の条件・種類
相続において,相続される人のことを被相続人といい,相続する人のことを相続人といいます。また,現在は生存している人が死亡した場合に,この人を相続する資格をもつ人のことを推定相続人といいます。
相続開始の原因は,被相続人の死亡ですので(民法882条),誰が相続人となるかのかは,被相続人の死亡時を基準とします。そして,相続人となるためには権利能力(権利および義務の主体となることができる法律上の資格のこと。)が必要です。人は出生により権利能力を備えることとなるとされますので(民法3条1項),相続人とされるには,まずもって,被相続人の死亡時に生存していなければなりません。これを「同時存在の原則」といいます。この同時存在の原則の例外が胎児で,相続において胎児は既に生まれたものとみなすとされています(民法886条1項)。これを出生擬制といいます。ただし,胎児が死産の場合には,この出生擬制は働きません(民法886条2項)。
相続人は被相続人の死亡時に生存していなければなりませんので,同時に死亡した人がそれぞれの被相続人・相続人となるということはありません。例えば,Aが死亡し,Aには死亡時に妻B,子CとDがいたとすると,後述のとおり妻Bが配偶者相続人,子CとDが血族相続人となるのですが,Aと妻Bが飛行機事故で死亡した場合,同時死亡の推定(民法32条の2)により,AとBはそれぞれの被相続人・相続人とはならず,Aの相続人は子CとD,Bの相続人も子CとDとなります。
生存している人のうち,誰が相続人となるのかについて,民法が定める相続人は,配偶者相続人と血族相続人です。
配偶者相続人は,被相続人の配偶者です(民法890条)。例えば,Aが死亡し,Aには死亡時に妻B,①子CとD,②両親EとF,③姉妹GとHがいたとすると,妻Bが配偶者相続人となります。配偶者相続人は,他に血族相続人の有無等に関係なく常に相続人となり,血族相続人がいるときはその血族相続人と同順位となります(民法890条)。
血族相続人については,①被相続人の子(または代襲者(再代襲者,再々代襲者等)),②被相続人の直系尊属,③被相続人の兄弟姉妹(または代襲者(のみ))の順序で,先順位の者のみが血族相続人となります。後順位の者が血族相続人となるのは,先順位の血族相続人が存在しないときです(民法887条,889条)。上の例でいえば,①が子のCとD,②が両親のEとF,③が姉妹のGとHにあたます。また,仮に子DがAより先に死亡していた(かつ代襲相続人がいない)場合でも,①として子Cがまだいますので,血族相続人は①子Cとなります。子Dの相続分だけ②の両親FとGにいくのではなく, 両親FとGは血族相続人にはなりません。同様に,仮に子C・D,親GがAより先に死亡していた(かつC・Dには代襲相続人がいない)場合でも,②として親Eがまだいますので,血族相続人は②親Eとなります。③姉妹GとHは血族相続人にはなりません。
なお,②相続人の直系尊属で,親等の異なる者の間では,親等の近い者が相続人となります(民法889条1項1号)。例えば,Aが死亡し,Aの直系尊属が血族相続人となる場合で,Aの死亡時に両親EとF,祖父母IとJが生存していたときは, Aの直系尊属として血族相続人となるのは,Aに親等が近い両親EとFです。
後に述べるとおり,相続人が相続放棄をすると(民法915条1項本文),その相続に関しては,初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法939条)。
3-2 熟慮期間中の相続人による相続財産の管理
相続人となった者は,後に述べる熟慮期間中,その固有財産におけるのと同一の注意をもって,相続財産を管理しなければなりません(民法918条1項本文)。
3-3 相続税法の関係規定例
相続人に関係する相続税法の規定を見てみると,例えば遺産に係る基礎控除(3000万円+600万円×相続人の数)においては,相続放棄した相続人がいる場合もその相続放棄はなかったものとして「相続人の数」が計算され,金額が算出されます(相続税法3条1項柱書,相続税法15条1項・2項)。
養子は,養子縁組の日から養親の嫡出子の身分を取得しますので(民法809条),被相続人の子にあたり,養親が死亡したときは相続人となります(民法887条)。他方,相続人の数が増えると遺産に係る基礎控除額が増えるため,これを悪用した租税回避に対処すべく,相続税法は,養子(特別養子縁組による養子(民法817条の2第1項)など一般的にみて租税回避目的のためにされる養子縁組とは考え難いものは実子とみなされます(租税法15条3項1号))を相続人の数に算入する人数を,被相続人に実子がいる場合の養子は1人,実子がいない場合には2人までしか算入できないと制限しています(相続税法15条2項)。
また,相続税法上も胎児を相続人として扱いますが,相続税の申告書の提出時点で出生していないときは,例えば遺産に係る基礎控除額の相続人の数には算入せず(相続税法基本通達15-3),出生後に申告した共同相続人は更正の請求,胎児自身は申告をそれぞれします。もっとも,相続税の申告期限は,相続開始の日の翌日から10か月以内とされていますので(相続税法27条),申告書の提出時点で胎児が出生していないことは多くはありません。
4 代襲相続
4-1 代襲相続の概要
被相続人が死亡して相続が開始したものの,相続人となるべき者が相続開始以前に死亡していたり,後に述べる相続欠格・廃除により相続権を失った場合,その相続人の生存する子で,被相続人の直系卑属にあたる者が,相続権を失った者に代わって相続人となります。この制度を,代襲相続といいます(民法887条2・3項,民法889条2項)。相続権を失った者のことを被代襲者,被代襲者に代わって相続人になる者のことを代襲者といいます。例えば,死亡したのがAで,死亡時に妻B,子Cが生存していて,A・Bの子Dはすでに死亡していたが,子Dにはその妻Eとの間に子Fがいて生存していたとすると,被代襲者がD,代襲者がFとなります。
4-2 代襲者,代襲原因
代襲相続が発生するのは,①子が相続人となる場合(民法887条2・3項),②兄弟姉妹が相続人となる場合(民法889条2項,887条2項)です。つまり,被代襲者は被相続人の子か兄弟姉妹ということになります。③直系尊属については,親等の異なる者が生存する場合(例えば,被相続人の両親と祖父母),被相続人に近い者が相続人となりますので,代襲相続を考える余地はありません。
代襲相続が発生するのは,「相続の開始以前に死亡したとき、又は第八百九十一条の規定に該当し、若しくは廃除によって、その相続権を失ったとき」(民法887条2項)です。すなわち,代襲原因は,①相続開始以前の死亡,②相続欠格(民法891条),③廃除(民法892条)により被代襲者が相続権を失うことです。相続欠格や廃除の場合にも代襲相続を認めたのは,欠格者や被廃除者に対する倫理的非難にもかかわらず,これらの者に子があるときは,被代襲者に代わってこの者に遺産を承継させることが,被相続人の意思に合致するであろうと考えられたためとされます。
相続放棄(民法915条1項本文)は代襲原因ではありませんので,注意してください。また,代襲相続が発生するのは,①「相続の開始以前に死亡したとき」ですので,被相続人と相続人となるべき者が同時に死亡したときも代襲相続が発生します。上述の例でいえば,Aと子Dが同じ飛行機事故で死亡したときも,Dの子Fを代襲者とする代襲相続が発生します。
代襲者は被代襲者の子であり,被相続人の直系卑属で,相続開始時点で生存していなければなりません(民法887条2項)。したがって,被代襲者の子ではない被代襲者の配偶者は代襲者とはなりません。上述の例でいえば,Dの妻Eは代襲者とはなりません。また,被相続人と養子縁組をする前にもうけた被代襲者の子は,被相続人の直系卑属ではありませんので代襲者となりません(民法727条)。上述の例でいえば,AとDとが養子縁組をしていたとして,Fがその養子縁組の前に生まれた子であったときは,AとFとの間には血族関係が生じていませんので,Fを代襲者とする代襲相続は発生しません。
相続開始時点の生存については,代襲者が胎児であっても認められます(民法886条1項)。
4-3 再代襲相続
再代襲相続,すなわち代襲者が死亡など代襲原因にあたる事由で相続権を失ったときは,代襲者の子が相続権を失った代襲者に代わって相続人となることが認められています。上述の例でいえば,代襲者のFもAの死亡以前に死亡していたとして,Fに子がいて生存していたときは,その子を代襲者とする再代襲相続が発生します。さらに,再々代襲相続等も認められています。
もっとも,再代襲相続等が認められているのは,子が被代襲者となる場合で(民法887条3項),兄弟姉妹が被代襲者となる場合,再代襲相続等は認められていません(民法889条2項(民法887条3項を準用していない))。被代襲者が兄弟姉妹,代襲者がその子となる場合に,代襲者の子が相続開始前に死亡していたとすると,代襲者の子にさらに子がいて生存していたとしても,再代襲相続は発生しないということになります。
4-4 代襲者の相続分
代襲者の相続分は,被代襲者が受けるべきであった相続分と同じです(民法901条)。代襲相続人が複数いる場合,民法900条に従い代襲者間の相続分が定まりますので(民法901条),被代襲者の子である代襲者が複数いるときは,その頭数に応じて被代襲者の相続分を分割承継することとなります。この考え方を「株分け」といいます。
4-5 相続税法の関係規定例
代襲相続に関連する相続税法の規定を見ると,例えば遺産に係る基礎控除(3000万円+600万円×相続人の数)においては,被代襲者1名ではなく,代襲者の人数で「相続人の数」が計算され,金額が算出されます(相続税法15条2項,相続税法基本通達15-2)。
5 相続欠格と推定相続人の廃除
5-1 相続欠格の概要
上述の枠組みによって相続人となる資格が民法で認められていても,例えば,Aの妻Bや子CがAを殺害した場合に,妻Bや子CをAの相続人とすることは適当ではありません。こうした例のような一定の事由があるときに,民法は,被相続人の意思を問うことなく,法律上当然に相続権を失わせています。これを相続欠格といいます。
相続欠格という制度の基礎となる考え方についてはさまざまな説明があり,それぞれの概略で整理すると,①被相続人と相続人との間の相続共同体というべき関係を破壊したことに対する制裁,②財産取得秩序を乱して違法に利得しようとしたことに対する制裁,③①と②の複合的な観点からの説明などがあるとされています。
5-2 相続欠格事由
民法は,5つの相続欠格事由を定めています(民法891条)。
1号 故意に被相続人又は相続について先順位若しくは同順位にある者を死亡するに至らせ、又は至らせようとしたために、刑に処せられた者。
2号 被相続人の殺害されたことを知って、これを告発せず、又は告訴しなかった者。ただし、その者に是非の弁別がないとき、又は殺害者が自己の配偶者若しくは直系血族であったときは、この限りでない。
3号 詐欺又は強迫によって、被相続人が相続に関する遺言をし、撤回し、取り消し、又は変更することを妨げた者。
4号 詐欺又は強迫によって、被相続人に相続に関する遺言をさせ、撤回させ、取り消させ、又は変更させた者。
5号 相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破壊し、又は隠匿した者。
1号の「故意」には,①殺人についての故意のみならず,②殺人により相続上の利益を得ることについての故意も必要とするのが通常です。なお,傷害致死罪(刑法205条)は1号に該当しないとされています。
2号については狭く解釈され,捜査機関が捜査権限を発動しているときには告訴・告発をしなくても該当しないとするのが通常です。
3号・4号・5号に該当するためには,①3号・4号・5号の欠格事由に該当する行為をすることについての故意が必要です。
また,5号についてはさらに,②不当な利益を得る目的をもって同号の欠格事由に該当する行為をすることも必要とされます。例えば,A,妻B,子CとDがいるときに,Aが全財産を子Dに残す遺言を作成していたが,それを知った子Dが特別に有利な扱いを受けることを拒んでAの遺言書を破棄したときは,②不当な利益を得る目的がないとして,5号に該当しないとされる可能性があります(最判平9・1・28民集51巻1号184頁)。他方,3号・4号についても②不当な利益を得る目的をもって同号の欠格事由に該当する行為をすることを必要とするかについては,争いがあります。
5-3 相続欠格の効果
相続欠格事由に該当すると,当然に相続権を失います(民法891条)。何らの手続も必要としない点は廃除と異なります。欠格事由が相続開始後に発生したときは相続開始時にさかのぼって,相続権喪失の効果が生じるとされています。
5-4 相続欠格の取消し
廃除と異なり,相続欠格については,欠格の取消しに関する規定が置かれていません(廃除について民法894条1項)。そこで,相続欠格事由がある場合に被相続人の意思による相続人の地位の回復が可能か議論されています。相続欠格という制度を基礎付ける考え方にも関わる論点で,被相続人による宥恕を認めるべきとする見解もあれば,それに疑問を呈する見解も主張されています。
5-5 遺贈の受遺欠格事由における相続欠格事由の準用
遺贈の受遺者に関し,民法965条は相続欠格事由に関する民法891条を準用しています。このことから,「相続欠格者は受遺者になれない。」といわれることがあります。しかし,相続欠格は相続人を対象としますが,遺贈は相続人に対しても第三者に対してもすることができます。そこで, 民法965条による民法891条の意味は,相続欠格と切り離された受遺欠格をいうものと解されています。
5-6 廃除の概要
一方,相続人の廃除は,一定の事由が認められるときに,被相続人の意思を尊重し,家庭裁判所が推定相続人の相続資格を奪う制度です(民法892条,民法893条)。その基礎となる考え方は,被相続人と推定相続人との間の人的関係を破壊したことに対する制裁です。
遺留分を有しない推定相続人である兄弟姉妹については,被相続人は廃除によらずとも遺言により財産を渡さないようにすることが可能です(例えば,兄弟姉妹の相続分をないものとする遺言)。他方,遺留分を有する推定相続人については,相続分をないものとする遺言を作成したとしても,遺留分があるため相続財産に対する権利を全面的に奪うことはできません。そこで, 廃除の対象者は,「遺留分を有する推定相続人」(民法892条),すなわち,推定相続人のうちの兄弟姉妹以外の推定相続人とされています(民法1042条)。
5-7 廃除事由
民法は2つの廃除事由を定めています。「被相続人に対して虐待をし、若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき」と「推定相続人にその他の著しい非行があったとき」です(民法892条)。被相続人が廃除をするにも,この廃除事由が認められなければなりません。
「被相続人に対して虐待をし、若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき」に該当する虐待や侮辱は,被相続人と廃除対象者である推定相続人との間の人的信頼関係を破壊する程度に重大なものでなければならないとされるのが通常です。
「著しい非行」とは,虐待や侮辱には該当しないものの,それに類する行為をいうとされています。
5-8 廃除の手続
廃除には,生前廃除(民法892条)と遺言廃除(民法893条)の2つの方法があります。生前廃除は,被相続人が推定相続人の廃除を家庭裁判所に申し立てる方法,遺言廃除は,被相続人が遺言で推定相続人を廃除する意思を表示したときに,遺言執行者が,遺言の効力発生後,その推定相続人の廃除を家庭裁判所に申し立てる方法です。いずれの方法でも,申立てを受けた家庭裁判所が,廃除するのが相当か審判します(家事事件手続法188条)。
5-9 廃除の効果
家庭裁判所による廃除するとの審判が確定すると,廃除対象者は相続権を失います。相続欠格事由に該当すると当然に相続権を失う相続欠格とは異なります。遺言廃除の場合,廃除の効果は相続開始時にさかのぼるとされています(民法893条)。
5-10 廃除の取消し
廃除は被相続人の意思に基づく制度ですから,被相続人は,いつでも,理由なく家庭裁判所に廃除の取消しを申し立てることができます(民法894条1項)。遺言で廃除を取り消すときは, 遺言執行者が,遺言の効力発生後,廃除の取消しを家庭裁判所に申し立てることとなります(民法894条2項)。いずれの方法でも,申立てを受けた家庭裁判所は,廃除の取消しをするか審判します(家事事件手続法188条)。
5-11 廃除の審判が確定するまでの相続財産の管理
家庭裁判所による廃除するとの審判が確定して廃除対象者は相続権を失うのであり,相続欠格事由に該当すると当然に相続権を失う相続欠格とは効果発生の時期が異なります。そこで,廃除(または廃除の取消し)の審判が確定するまで相続手続の混乱を避けるため,家庭裁判所は,親族,利害関係人,または検察官の請求によって,遺産の管理について相続財産管理人の選任など必要な処分を命じることができるとされています(民法895条1項)。
5-12 遺贈の受遺欠格事由における廃除事由の不準用
遺贈の受遺欠格を定める民法965条は,相続欠格に関する民法891条を準用していますが,廃除に関する民法892条~民法895条は準用していません。遺贈の受遺欠格事由には廃除事由に相当するものはなく,したがって,相続より廃除された者も遺贈の受遺者となることができます。
5-13 相続税法の相続欠格と推定相続人の廃除の関係規定例
相続欠格と推定相続人の廃除に関連する相続税法の規定を見てみると,例えば基礎控除の算定にあたり,相続欠格・廃除により相続人の資格を失った者は法定相続人から除外されます。もっとも,代襲相続人がいる場合は,すでに述べたとおりの処理となります(相続税法15条2項,相続税法基本通達15-2)。
6 相続の承認・放棄
6-1 相続の承認・放棄の概要
相続が国家による制度選択・政策決定の問題で,わが国では民法がそれを定めているということはすでに述べたとおりです。そして,民法は,被相続人の財産を承継するのにふさわしいと考える者を相続人として規定していますが,一方で相続人に強制的に被相続人の財産を帰属させるという方法はとらず,相続するかどうか相続人が選択できることとしています。つまり,相続をすることは相続人の義務ではなく,相続人が相続をするかどうか決めることができます。その場合の相続人の対応として民法が用意するのが,相続の承認・放棄で,具体的には相続の単純承認(民法920条),限定承認(民法922条),放棄(939条)の3つの制度が置かれています。
相続人の相続するかどうかの選択権を与える一方で,被相続人の死亡により開始・発生した相続による法律関係の早期安定のため,民法は相続の承認・放棄の意思表示をすることができる期間を一定期間に限っています。この期間を熟慮期間といいます(民法915条1項本文)。そして,相続人が熟慮期間内に各意思表示をしないなど一定の事由があるときは,単純承認したものとみなすとしています。法定単純承認というものです(民法921条)。以下,順を追って説明します。
6-2 単純承認
まず,単純承認とは,無限に被相続人の権利義務を承継することを内容とする相続人の意思表示をいうとされています(民法920条)。
単純承認により,相続人は,限定承認と異なり,相続により承継した債務につき「無限に」,すなわち,相続財産のみならず相続人の固有財産も引当てとされます。
単純承認は,限定承認や放棄と違い,家庭裁判所への申述という方式をとらなければならないとはされていません(民法924条,民法938条)。熟慮期間内に単純承認をせず,限定承認や放棄の申述もしなかったときは法定単純承認となり,相続人は単純承認したものとみなされます(民法921条2号)。一方,いったんされた単純承認の意思表示は,たとえ熟慮期間が残っていても撤回できないとされます(民法919条1項)。
6-3 限定承認
限定承認とは,被相続人の財産の限度でのみ被相続人の債務・遺贈を弁済すべきことを留保して相続を承認するという相続人の意思表示です(民法922条)。限定承認によれば債務を負担するにしても相続財産のうちの積極財産の範囲に限られます。相続財産の状況が不明であるときは相続放棄ではなく限定承認をするのが適切であるように思いますが,実際には,以下で述べるとおり手続が比較的複雑で,利用されることは多くありません。
限定承認は,熟慮期間内に財産目録を作成して家庭裁判所に提出し,限定承認をする旨の申述をしなければなりません(民法924条,家事事件手続法201条1項・5項・別表第1の92)。限定承認をしようとする相続人が,相続財産の一部を悪意でこの財案目録に記載しなかったときは法定単純承認となり,相続人は単純承認したものとみなされます(民法921条3号)。
限定承認の申述にあたっては申述書の提出が必要であり(家事事件手続法201条5項),この申述を受理する旨の審判が申述書に記載されたときに審判の効力が生じます(家事事件手続法201条7項)。
共同相続の場合には,共同相続人が全員で共同してのみ限定承認をすることができます(民法923条)。他の共同相続人が限定承認の申述に同意しなかったり,あるいは単純承認してしまうと,もはや限定承認の余地はなくなります。
一方,いったんされた限定承認の意思表示は,たとえ熟慮期間が残っていても撤回できないとされます(民法919条1項)。
限定承認のとき,相続財産と被相続人の固有財産は分離して取り扱われます。被相続人の債務は相続人に全額承継されますが,相続により承継した債務について,相続人は相続財産を限度とする物的有限責任を負うこととなります。また,限定承認をした相続人の債権者が引当てとできるのは相続人の固有財産と,被相続人の債務と遺贈を精算した後の相続財産(最終的に限定承認をした相続人の固有財産となったもの)です。
限定承認のときには相続財産と被相続人の固有財産は分離して取り扱われますので,限定承認をした相続人は,自己の固有財産に対するのと同一の注意をもって相続財産を管理しなければならないという管理義務が課されます(民法926条1項)。利害関係人または検察官の請求によって,家庭裁判所が相続財産管理人を選任したときは,その相続財産管理人が,善良な管理者の注意をもって相続財産を管理する義務を負います(民法926条2項,民法918条2項・3項,家事事件手続法146条6項, 民法644条)。
共同相続の場合は,家庭裁判所が相続人の中から相続財産管理人を選任しなければならないとされ(民法936条1項),選任された相続財産管理人である相続人は, 自己の固有財産に対するのと同一の注意をもって相続財産を管理する義務を負います(民法936条3項,民法926条1項)。
限定承認者は,限定承認をした後5日以内(共同相続の場合に相続財産管理人が選任されたときは相続財産管理人の選任があった後10日以内)に,すべての相続債権者及び受遺者に対し,限定承認をしたこと及び2か月を下らない一定の期間内に請求の申出をすべき旨を公告しなければならず(民法927条1項,民法936条3項),知れている相続債務者及び受遺者には,各別にその申出の催告をしなければなりません(民法927条3項,民法936条3項)。この公告期間中,限定承認者は,相続債権者及び受遺者に対して弁済を拒むことができます(民法928条,民法936条3項)。
公告期間が満了した後は,限定承認者は,相続財産をもって,期間内に申出をした相続債権者,または,知れている相続債権者にそれぞれの債権額の割合に応じて弁済します(民法929条本文,民法936条3項)。しかし, 優先権を有する債権者の権利を害することはできないとされていて(民法929条ただし書,民法936条3項), 優先権を有する債権者は上記の相続債権者に優先して配当を受けます。期間内に申出をした受遺者,または,知れている受遺者は,相続債権者に弁済をした後でなければ弁済をすることができないとされ(民法931条,民法936条3項),上記の相続債権者に劣後します。期間内に申出をせず,限定承認者に知れてもいなかった相続債権者・受遺者は,配当後の残余財産についてのみその権利を行使することができます(民法935条本文,民法936条3項)。ただし,相続財産について特別担保を有するときは,この限りではありません(民法935条ただし書,民法936条3項)。
6-4 放棄
放棄とは,被相続人の死亡によって相続人に発生した相続の効果を確定的に消滅させる相続人の意思表示です(民法939条)。
相続の放棄は,熟慮期間内に家庭裁判所に相続の放棄をする旨の申述をしなければなりません(民法938条,家事事件手続法201条1項・5項・別表第1の95)。
相続の放棄の申述にあたっては申述書の提出が必要であり(家事事件手続法201条5項),この申述を受理する旨の審判が申述書に記載されたときに審判の効力が生じます(家事事件手続法201条7項)。
家庭裁判所は,相続の放棄を申述した者が相続人であるか,相続放棄の意思が真意に出たものか否か,法定単純承認にあたる事実はないかといった点を調査したうえで,受理するか否かを決定します。もっとも,相続放棄の受理審判行う家庭裁判所は,相続人による相続の放棄の意思表示の受領を明らかにするもので,相続の放棄の有効・無効を確定するものではありません。相続の放棄の有効・無効が争われた場合,終局的には民事訴訟による裁判によって認定されることは注意が必要です。
一方,いったんされた相続の放棄の意思表示は,たとえ熟慮期間が残っていても撤回できないとされます(民法919条1項)。
相続の放棄をした者は,その相続に関しては,初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法939条)。先順位の血族相続人全員が相続放棄をしたときは,次順位の血族相続人が相続人となります。例えば,Aが死亡したときに,妻B,子CとD,両親EとFが生存していたとして,子CとDが相続放棄をすれば,両親EとFが血族相続人に繰り上がり,妻Bとともに相続人になります。子Cのみが相続放棄をしたときは,子Dと妻Bが相続人で,ただし子Dの相続分が子Cの分だけ増えることとなります。
相続の放棄をした者は,その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで,自己の財産に対するのと同一の注意をもって,相続財産の管理を継続しなければなりません(民法940条1項)。利害関係人または検察官の請求によって,家庭裁判所が相続財産管理人を選任したときは,その相続財産管理人が,善良な管理者の注意をもって相続財産を管理する義務を負います(民法940条2項,民法918条2項・3項,家事事件手続法146条6項,民法644条)。
この民法が定める相続放棄と,共同相続人間の遺産分割協議で相続分をなしとすることは似ています。しかし,遺産分割協議で相続分をないものとしても被相続人の債務までなしとすることはできず,基本的に法定相続分に応じて債務を負担することとなりますので注意してください。「特別受益により相続分がない」旨を記した書面(相続分なきことの証明書,相続分不存在証明書,相続分皆無証明書などと呼ぶことがあります。)を作成しても,それは作成者の相続分がないものとする遺産分割協議が成立したと評価され,上述と同じ状況となり,相続放棄とは異なり,被相続人の債務までなしとすることはできず,基本的に法定相続分に応じて債務を負担することとなります。
放棄に関連する相続税法の規定を見ると,例えば相続税法上みなし相続財産として相続税の課税対象となる生命保険金(相続税法3条1項1号)や死亡退職金(相続税法3条1項2号)の非課税規程(相続税法12条1項5号・6号)は,相続の放棄をした者には適用されません(相続税法3条1項柱書,相続税法基本通達12-8,相続税法基本通達12-10)。相続の放棄をした者が生命保険金や死亡退職金を取得した場合は遺贈により取得したものとみなされます。
6-5 熟慮期間
熟慮期間は,相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内とされています(民法915条1項本文)。「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは,被相続人が死亡した事実と自己が被相続人の相続人である事実を知った時という意味です。
相続財産の調査のためなどでさらに時間を要するときは,利害関係人又は検察官の請求によって,家庭裁判所においてこの期間を伸長することができます(民法915条1項ただし書)。
熟慮期間の起算点に関して,相続が開始したことは知っていたものの,被相続人には特に財産や債務がないと考えて相続放棄をせずに熟慮期間が経過したところで,被相続人が債務を負担していることを知った場合,債務を知ったとき,すなわち「(全部の)相続財産の存在を知ったとき」から熟慮期間を計算すべきかという議論があります。
この点について,まず,相続人の知らない債務が存在していたということだけで,熟慮期間の起算点を「(全部の)相続財産の存在を知ったとき」とすることは,「自己のために相続の開始があったことを知った時」という民法915条1項の文言からして許容できる解釈ではなく,認められません。
もっとも,判例は,①相続の開始と自らが相続人となった事実を知った時から3か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが,被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり,かつ,②被相続人の生活歴,被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって,相続人おいて①のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには,相続人が相続の開始と自らが相続人となった事実を知った時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり,熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきであるとしています(最判昭59・4・27民集38巻6号698頁)。
この判例法理は,「相続財産が全く存在しない」と信じた場合に限定していると理解されていて,要件は厳格です。しかしながら,熟慮期間の起算点の例外が全く認められないわけではないことは理解しておきましょう。
相続人が熟慮期間中に,相続の放棄等の意思表示をせずに死亡し,さらにその相続が開始した場合を再転相続といいます。例えば,Aが死亡し,そのとき子Bが生存していたものの,熟慮期間中に死亡し,子Bの子Cが,AとBの相続人となる場合です。
被相続人をAとする相続を第1相続,被相続人をBとする相続を第2相続としますと,第2相続の熟慮期間については,民法915条によりBが死亡したこと,自身がBの相続人となったことを知った時が起算点となります。
では,第1相続の熟慮期間はというと,民法916条が「相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは、前条1項の期間は、その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算する。」と定めています。
「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」が起算点とされますので,それは上述の例でいえば,CがBの死亡と自身がBの相続人となったことを知った時が通常だと思われます。
もっとも,CがBの死亡と自身がBの相続人となったことを知ったとしても,必ずしもBがAの相続人であったことまで知っていたとは限りません。そこで,民法916条の「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは,「相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が,当該死亡した者からの相続により,当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を,自己が承継した事実を知った時」であると解釈されています(最判令元・8・9)。
相続人となった者は,熟慮期間中,その固有財産におけるのと同一の注意をもって,相続財産を管理しなければならないのはすでに述べたとおりですが(民法918条1項本文), 利害関係人または検察官の請求によって,家庭裁判所が相続財産管理人を選任したときは,その相続財産管理人が,善良な管理者の注意をもって相続財産を管理する義務を負います(民法918条2項・3項,家事事件手続法125条6項,民法644条)。
熟慮期間に関連する相続税法の規定を見ると,例えば相続税の申告は,相続の開始があったことを知った日を起算日とし,その翌日から10か月以内にすべきとされています(相続税法27条1項)。そして,「相続の開始があったことを知った日」は,自己のために相続の開始があったことを知った日をいうとされています(相続税法基本通達27-4)。
6-6 法定単純承認
法定単純承認となる行為は,次のとおりです(民法921条各号)。
1号 相続人が,相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし,保存行為及び民法602条に定める期間を超えない賃貸(短期賃貸借)をすることは,この限りではない。
1号の趣旨は,判例によれば,相続財産の全部又は一部の処分は,相続人が単純承認をしない限りしてはならないところ,当該処分により黙示の単純承認があるものと推認しうるのみならず,第三者から見ても単純承認があったと信ずるのが当然であると認められることにあるとされています(最判昭42・4・27民集21巻3号741頁)。
ここでの「処分」には,相続財産の売却といった処分行為だけではなく,相続財産の毀損等の事実上の処分行為や債権の取り立て,弁済の受領,債権をもってする相殺も含まれます。あまり相続財産として意識されることがない相続財産,例えば高額療養費などを受領すると,「相続財産の処分」となる可能性がありますので,注意が必要です。
他方,「処分」は「相続財産の処分」でなければなりませんので,例えば,被相続人の生命保険の保険金を受取人に指定されていた相続人が受領しても,この場合の生命保険金は後述するとおり相続財産ではなく相続人の固有財産ですので, 「相続財産の処分」にはあたりません。また,相続財産である債務について,当該債務の債権者に対し,相続人みずからが有していた債権をもって相殺しても,相殺に供した債務は相続人の固有財産で相続財産ではありませんから,このときも「相続財産の処分」にはあたりません。葬祭費も遺族に支給されるもので相続財産ではありませんので,受領しても「相続財産の処分」にはあたりません。
2号 相続人が民法915条1項の期間内(熟慮期間内)に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
3号 相続人が,限定承認又は相続の放棄をした後であっても,相続財産の全部若しくは一部を隠匿し,私にこれを消費し,又は悪意でこれを相続財産の目録に記載しなかったとき。ただし,その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は,この限りでない。
すでに述べたように,限定承認をした相続人は,限定承認後も自己の固有財産に対するのと同一の注意をもって相続財産の管理を継続する義務が(民法926条1項),相続放棄をした相続人は,新たに相続人になった者が相続財産の管理を始めることができるまで自己の財産に対するのと同一の注意をもって相続財産の管理を継続する義務が(民法940条1項),それぞれ課されていますので,それにもかかわらず限定承認や相続放棄をした後に詐害的な意図で相続財産を隠す等の行為をすることは許されないというのが3号の基礎にある考えです。
ここでの「私に」とは,相続債権者の不利になることを承知の上でという意味です。
また,悪意による財産目録への不記載については,財産目録の作成が求められるのは限定承認をするときだけですので(民法924条),これによる法定単純承認となるのは限定承認をしたときに限られます。「悪意」には,当該財産が相続財産に属することを知っていることのほか,この財産を隠匿する意思または債権者を害する意思があることが必要であるとされています。
7 遺産の承継
7-1 遺産の承継の原則ー相続財産の包括承継
相続人は,相続開始の時から,被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します(民法896条本文)。これを相続の包括承継といいます。一切の権利義務が承継されますので,被相続人の財産が個別に承継を判断されるのではなく,あらゆる権利・義務が承継されます。
7-2 遺産の承継の例外ー帰属上の一身専属権
もっとも,民法は,被相続人の一身に専属したものは,この限りではないとして, 包括承継されない例外を定めています(民法896条ただし書)。帰属上の一身専属権というものです。
これに該当するもので,明文の規定があるものとしては,例えば配偶者居住権(民法1036条,民法597条3項),配偶者短期居住権(民法1041条,民法597条3項)などがあります。
明文の規定はありませんが,婚姻費用分担請求権(民法760条),扶養請求権(民法877条)なども帰属上の一身専属権とされています。
しかしながら,帰属上の一身専属権でも,相続開始の時点に給付請求権として具体化していれば相続が可能ですので注意してください。
なお,一身専属権には,上述の帰属上の一身専属権のほかに,行使上の一身専属権があります(民法423条1項ただし書)。行使上の一身専属権としては,例えば,遺留分侵害額請求権があります。この行使上の一身専属権については,帰属上の一身専属権と異なり,原則どおり包括承継されるとされています。
7-3 遺産該当性(生命保険請求権,死亡退職金,遺族年金)
一方,被相続人の死亡が権利の発生事由とされている点で相続財産に類似しますが,それが相続財産か受取人の財産なのか争いのあるものもあります。
生命保険請求権については,これが相続財産かどうかは保険金受取人がどのように定められているかによりますが,原則,相続財産には含まれないとされています。生命保険金は保険契約の効力として受取人が取得するものだからです。①特定の人が保険金受取人に指定されていたときは,保険金は保険金受取人の固有財産で,相続財産ではないとされます(大判昭11・5・13民集15巻877頁など)。②保険金受取人を「相続人」と指定していた場合,通常,保険金は相続人の固有財産で, 相続財産ではないとされます(最判昭48・6・29民集27巻6号737頁)。なお,この指定には「相続人が保険金を受け取るべき権利の割合を相続分の割合によるとする旨の指定」も含まれ,各保険金受取人の有する権利の割合は相続分の割合になるとされています(最判平6・7・18民集48巻5号1233頁)。③保険契約者が保険金受取人を指定していないが,生命保険約款中に「指定のないときは,保険金を被保険者の相続人に支払う」との条項があった場合も,受取人を「相続人」と指定した場合と同様に扱われます。一方,④被相続人が自分自身を保険金受取人に指定していた場合は,相続財産に含まれるとされます。
死亡退職金は, 死亡退職金支給の根拠となる規定の有無にかかわらず,受取人の固有財産・権利であり,相続財産ではないとされます(死亡退職金の支給規程がある事例として最判昭55・11・27民集34巻6号815頁, 死亡退職金の支給規程がない事例として最判昭62・3・3家月39巻10号61頁)。
遺族年金についても同様,受給権者固有の権利で,相続財産には属さないとされます。
相続税法では,民法上は相続財産とされない財産でも,経済的な実態や課税の公平といった観点から,みなし相続財産として課税対象とするものがあり,生命保険金(相続税法3条1項1号)や死亡退職金(相続税法3条1項2号)がこれにあたることはすでに述べたとおりです。
7-4 祖先祭具等
系譜,祭具及び墳墓といった祖先祭具等について,民法は相続財産にはならないとされています(民法897条1項)。さらに,相続財産にはならないだけでなく,承継の仕方も相続とは異なるとされ,慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する,ただし,被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者があるときは,その者が承継するとされています(民法897条1項)。被相続人が祭祀の主宰者を指定せず,慣習も明らかでないときは,家庭裁判所が審判で定めます(民法897条2項,家事事件手続法190条1項・別表第2の11)。
なお,被相続人の遺骨・遺体については,これが相続財産であるのか,あるいは祖先祭具等であるのか,その所有権は誰に承継されるのかなど議論が続いています。
8 遺産共有
8-1 共同相続人の共有となるもの・共有とならないもの
被相続人の財産のうち相続財産にあたるとして相続人に包括承継されるものでも,相続人複数のとき,共同相続人が各自の持分に応じて共有するものと,共有とならないものがあります。
8-2 共同相続人による共有ー遺産共有
8-2-1 遺産共有の意義・位置づけ
共同相続人による共有(民法898条)は遺産共有と呼ばれ,遺産分割による終局的な帰属確定にいたるまでの一時的・暫定的な状態であると位置づけられています。
遺産共有では,共同相続人は,各自の法定相続分または指定相続分に応じて,遺産である相続財産を共有し,相続財産を構成する個々の財産上に持分を有します。共有持分は具体的相続分に応じたものではないことに注意してください。
8-2-2 遺産共有となっている相続財産の管理
熟慮期間について, 相続人となった者は,その固有財産におけるのと同一の注意をもって,相続財産を管理しなければならず(民法918条1項本文), 利害関係人または検察官の請求によって,家庭裁判所が相続財産管理人を選任したときは,その相続財産管理人が,善良な管理者の注意をもって相続財産を管理する義務を負うことはすでに述べたとおりです(民法918条2項・3項,家事事件手続法125条6項,民法644条)。
一方,相続人が確定し,共同相続ということで遺産共有が遺産分割まで続く間,共有される遺産の管理の問題が発生することがあります。
この点で,まず, 相続人は,その固有財産におけるのと同一の注意をもって,相続財産を管理しなければならないとされています。また,遺産共有となっている相続財産の管理に関し共同相続人間で対立がある場合などのため,審判前の保全処分という制度が置かれていて,家庭裁判所は,遺産分割の審判又は調停の申立てがあった場合において,財産の管理のため必要があるときは,申立てにより又は職権で,担保を立てさせないで,遺産分割の申立てについての審判が効力を生ずるまでの間,財産の管理人を選任し,又は事件の関係人に対し,財産の管理に関する事項を指示することができます(家事事件手続法200条1項)。この審判前の保全処分として家庭裁判所が相続財産管理人を選任したときは,その相続財産管理人が,善良な管理者の注意をもって相続財産を管理する義務を負います(家事事件手続法200条4項,家事事件手続法125条6項,民法644条)。
8-2-3 相続財産に関する費用の処理
相続財産に関する費用は,相続財産の中から支出するとされていますが(民法885条本文),この「相続財産に関する費用」とは,①熟慮期間中に相続人が相続財産の管理のために支出した費用など相続の承認・放棄前の財産管理に要する費用,②相続放棄後の財産管理に要する費用,③限定承認等の相続財産の管理清算に必要な費用,④遺言執行者に支払われる報酬など相続財産の管理に必要な一切の費用を意味します。また,⑤遺産分割前の共有遺産の管理に関する費用も,この民法885条によって処理されるとされます。
もっとも,相続税は,その引当てとなるのは相続財産に限られないことなどから「相続財産に関する費用」にあたるとは考えられていません。
葬儀費用については,葬儀を主宰した祭祀主宰者(喪主)が債務として負担すべきで「相続財産に関する費用」にあたらないとする見解もありますが,議論が続いているところです。
なお,葬儀費用は相続開始時には存在しなかったものですから,相続財産(相続債務)とはならないことに異論はありませんので注意してください。
8-3 共同相続人による共有とならないものー金銭債権・金銭債務
被相続人の財産のうち相続財産にあたるとして相続人に包括承継されるもので,相続人複数のときにも共有とならないものに,金銭債権があります。
金銭債権は可分債権であり(民法427条),被相続人が死亡して相続が開始すると,法律上当然に相続分に従い分割され,遺産分割の手続によらず各共同相続人に帰属します(最判昭29・4・8民集8巻4号819頁)。ここでの金銭債権は,例えば貸金債権などです。AがBに対する貸金債権2000万円を有していたところで死亡し,妻Cと子Dが相続したという場合,貸金債権は遺産分割を経ずに法律上当然に相続分に従い分割されますので,妻Cと子Dにそれぞれ1000万円の貸金債権が承継されることになります。
なお,金銭債権が分割される「相続分」とは,法定相続分あるいは指定相続分であり,具体的相続分ではないとされています。したがって,具体的相続分がゼロとなる超過特別受益者にも,金銭債権は法定相続分あるいは指定相続分に従い当然に分割されます。
こうした金銭債権は,遺産共有とはなりませんが相続財産ではありますので,共同相続人全員の同意により,遺産分割の対象財産とすることは認められています。
金銭債務についても,可分債務であるものは相続により相続分(法定相続分あるいは指定相続分であり,具体的相続分ではない)において共同相続人に当然分割され,遺産分割を経ずに各共同相続人に帰属します。
指定相続分が,金銭債務について法定相続分とは異なる指定をしていたときは,共同相続人間では金銭債務は指定のとおりに分割されます。しかし,相続債権者は,指定相続分ではなく法定相続分で各共同相続人に請求できます。もっとも,相続債権者は相続債務についての相続分の指定の効力を承認し,指定相続分をもって各共同相続人に請求することもできます(民法902条の2)。従来の最高裁判決(最判平21・3・21民集63巻3号427頁)の考え方を明文化した規定です。
金銭債務が連帯債務の場合は,相続分に応じて承継した範囲で連帯債務を負担するとされています(最判昭34・6・19民集13巻6号757頁)。例えば,AがBと1000万円の連帯債務を負担していたところ,Aが死亡し,Aの子CとDが相続したという場合,まず1000万円が相続分に応じて,CとDがそれぞれ500万円の債務を承継し,その500万円という範囲で,Bとともに連帯債務を負担することになります。
こうした金銭債務も相続財産ではありますので,共同相続人全員の同意により,遺産分割の対象財産とすることは認められています。もっとも,相続分と異なる承継とする遺産分割協議をするときは,相続債権者の利害にかかってきますので,相続債権者との関係では,その承諾を要すると考えられます。
8-4 金銭債権の例外(共同相続人による遺産共有となるもの)
このように,金銭債権については可分債権で当然に分割承継されるというのが原則なのですが,その例外として,金銭債権または金銭債権に関連する財産であっても,相続により相続分に応じて共同相続人間で当然分割とはされず,遺産共有となるものもあります。株式,投資信託受益権(及び相続開始後の収益分配金・分配金配当請求権,元本償還金・元本償還金請求権),個人向け国債,預貯金債権,金銭(現金)などで,これらは遺産共有となります。
このうちの預貯金債権については,以前は金銭債権についての原則のとおり,可分債権として法律上当然に相続分に従い分割され,遺産分割の手続によらず各共同相続人に帰属するものとされていました(もっとも,多くの場合は共同相続人全員の同意により,預貯金債権も遺産分割の対象財産とされてはいましたが。)。
しかし,最高裁は平成28年に判例変更を行い,預貯金債権(問題となった事例では普通預金債権,通常貯金債権および定期貯金債権)は金銭債権の例外として, 相続により相続分に応じて共同相続人間で当然分割とはされず,遺産共有となるとしました(最大決平28・12・19民集70巻8号2121頁)。
もっとも,この最高裁平成28年決定は,可分債権として法律上当然に相続分に従い分割され,遺産分割の手続によらず各共同相続人に帰属するという金銭債権の原則自体を否定したものではなく,あくまで普通預金債権を含む預貯金債権が金銭債権の例外になると判断したものであることは注意してください。
8-5 預貯金債権の行使等に関する措置
預貯金債権については,以前は金銭債権についての原則のとおり,可分債権として法律上当然に相続分に従い分割され,遺産分割の手続によらず各共同相続人に帰属するものとされていましたが,平成28年の最高裁決定が判例変更を行い,預貯金債権(問題となった事例では普通預金債権,通常貯金債権および定期貯金債権)は金銭債権の例外として, 相続により相続分に応じて共同相続人間で当然分割とはされず,遺産共有となるとしたことはすでに述べたとおりです。
従前の取扱いにおいては,相続分に応じて当然分割された預貯金債権を各相続人が遺産分割を経ずに個別に権利行使することが認められていました。しかし,平成28年の最高裁決定によれば,預貯金債権は遺産共有となるので,遺産分割を経ずに個別に権利行使することは認められないとなるはずです。そして,平成28年の最高裁決定後に出された最高裁判決は,やはり,共同相続人の1人が金融機関に対してした,預金債権の相続分に応じた個別の権利行使を否定しました(最判平29・4・6判時2337号34頁)。
しかし, 例えば葬儀費用や相続債務の支払い,被相続人と家計を一にしていた相続人の当面の生活費の確保など,共同相続人の1人が遺産分割前に預貯金債権を個別に権利行使することが妥当と考えられる場合までも,遺産分割までは権利行使できなくなるというのでは不都合が生じます。
そこで,平成30年の相続法改正では,遺産分割前の預貯金債権の権利行使等に関する2つの措置が講じられました。
8-6 預貯金債権の行使等に関する措置ー預貯金債権の一部行使
1つ目の措置は,預貯金債権の一部行使です。これは,金額についての一定の制限の範囲での権利行使を認めるもので,支出の目的は問わず,家庭裁判所の判断を経ずに行うことができます。
各共同相続人は,遺産に属する預貯金債権のうち,相続開始の時の債権額の3分の1に当該共同相続人の相続分を乗じた額の範囲内で,単独で権利を行使することができ,ただし,標準的な当面の必要生計費,平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額(平成30年法務省令第29号により150万円)を限度とするというものです(民法909条の2前段)。
この預貯金の払戻しは単独で権利行使が可能ですので,他の共同相続人の同意を必要としません。
「遺産に属する預貯金債権」は金融機関ごとではなく債権の個数ごとで把握されます。したがって,同じ金融機関の同じ支店に普通預金や定期預金など複数の預金債権があった場合,それぞれ,その額の3分の1に,払戻しを求める相続人の法定相続分を乗じた額が権利行使の範囲となります。
他方で,上限150万円は債権の個数ごとではなく金融機関ごとに把握されます。したがって,同じ金融機関の同じ支店に普通預金や定期預金など複数の預金債権があった場合,それぞれ,その額の3分の1に,払戻しを求める相続人の法定相続分を乗じた額が権利行使の範囲となりますが,それぞれ合算して150万円が上限となります。他方,複数の金融機関に預金債権があった場合,それぞれの金融機関ごとに上限150万円まで権利行使が可能です。
こうした権利行使の基準となる預貯金債権の額は「相続開始の時」を基準とします。
民法909条の2前段の預貯金債権の一部行使は,仮払いではありません。この権利行使が共同相続人により単独で行われた場合,払戻しを受けた共同相続人が一部分割により取得したものとして扱われます(民法909条後段)。
8-7 預貯金債権の行使等に関する措置ー家事事件手続法の保全処分
遺産分割前の預貯金債権の権利行使に関する2つ目の措置は,家事事件手続法の保全処分の要件緩和です。これは形式的には金額の上限はなく,支出の目的等を踏まえてなされる家庭裁判所の判断による権利行使です。
家事事件手続法200条3項で,「家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権…を当該申立てをした者又は相手方が行使する必要があると認めるときは、その申立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部をその者に仮に取得させることができる。ただし、他の共同相続人の利益を害するときは、この限りでない。」としています。
家事事件手続法の保全処分としては200条2項による仮処分も従前より可能でしたが,家事事件手続法200条2項は,「家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、強制執行を保全し、又は事件の関係人の急迫の危険を防止するため必要があるときは、当該申立てをした者又は相手方の申立てにより、遺産の分割の審判を本案とする仮差押え、仮処分その他の必要な保全処分を命ずることができる。」としていて,その要件を「強制執行を保全し、又は事件の関係人の急迫の危険を防止するため必要があるとき」と厳格なものとしていたため,これを緩和する上述の3項が新設されました。
家事事件手続法200条3項の仮処分の申立ては,遺産分割の審判または調停の申立てをした者またはその相手方により行われます。このように,申立てには,遺産分割の審判または調停の本案が家庭裁判所に係属している必要があります。
仮処分の要件は,「相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権…を当該申立てをした者又は相手方が行使する必要があると認めるとき」で,同条2項「強制執行を保全し、又は事件の関係人の急迫の危険を防止するため必要があるとき」より緩やかに判断されます。
ただし,他の共同相続人の利益を害しない場合に限られますので,例えば,仮処分の申立てをした相続人とは別の共同相続人から,仮処分の申立てをした相続人は特別受益を得ていたと主張されているときは,仮処分の範囲も法定相続分ではなく,後述の具体的相続分に限って認めるといったことが想定されています。
家事事件手続法200条3項の仮処分により,預貯金債権の全部または一部を共同相続人が取得しても,それは仮処分ですので,共同相続人が一部分割により取得したものとはなりません。遺産分割の審判または調停の本案では,仮処分による預貯金債権も含めて審判または調停が行われます。
9 遺産の範囲の争い
これまで,相続人が相続開始の時から被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継するとする相続財産の包括承継や,遺産共有について述べてきましたが,一定の財産が被相続人の財産であるかどうか争われることもあります。例えば,Aが死亡し,相続人が妻B,子のCとDというときに,A名義の預金債権がありましたが,Cが「Aは名義だけで預金の原資を出したのは自分だから,この預金債権は自分のものだ。」と主張するような場合です。
こうした一定の財産が被相続人の財産,すなわち遺産に属するかどうかは遺産分割の前提問題であり,したがって,共同相続人の1人は,問題となる財産が遺産に属すること(あるいは属さないこと)の確認を民事訴訟手続で訴え出ることができます(最判昭61・3・13民集40巻2号389頁)。遺産確認の訴えと呼ばれるもので,その民事訴訟において遺産の範囲が確定されれば,その後の遺産分割においては遺産の範囲について争うことはできず,確定した遺産の範囲の下で分割手続が進められることとなります。
10 相続分
10-1 異なった意味の「相続分」
共同相続人による遺産共有となった相続財産について,それぞれの共同相続人がどれだけの持分を相続するのか,この共同相続人の相続財産に対する持分を「相続分」といいます。
相続分にはいくつかの意味があります。
まず,相続人の身分(法的地位,被相続人との関係)から導かれる抽象的な割合として民法が定める法定相続分があります(民法900条)。
また,被相続人は遺言で相続分を指定することができ,遺言で相続分の指定を第三者に委託することができます(民法902条1項)。このときの相続分は指定相続分というものです。遺言で相続分の指定がない場合に,法定相続分が適用されます(民法902条1項)。
そして,法定相続分あるいは指定相続分を前提に,相続人がすでに得ている特別の利益(特別受益)や被相続人に対する貢献(寄与分)を考慮する修正を加えて得る,遺産分割手続における分配の前提となるべき計算上の価額又はその価額の遺産の総額に対する割合(最判平12・2・24民集54巻2号523頁)を具体的相続分といいます。具体的相続分は,①法定相続分あるいは指定相続分を特別受益や寄与分を考慮して修正したものであること,②遺産分割の過程で算定される分割の割合(具体的相続分率)であることがポイントです。具体的相続分は「相続開始時の相続財産」を基準に算定されます。一方,遺産共有に続く遺産分割では, 「相続開始時の相続財産」を基準に算定された具体的相続分(率)を参考に,「遺産分割時の相続財産」を対象として分配することとなります。
なお,遺産共有の持分や金銭債権など当然分割の割合は,具体的相続分ではなく,法定相続分または指定相続分によることは注意してください。
10-2 指定相続分
被相続人は,遺言で,共同相続人の相続分を定め,又は相続分の指定を第三者に委託することができます(民法902条1項)。例えば,Aが,妻Bと子CとDを残して死亡したが,Aが遺言書に「妻Bは遺産の4分の3,子Cは遺産の6分の1,子Dは遺産の12分の1の割合で相続させる」としていた場合です。
上述の例では,相続人全員の相続分を指定し,その割合を合算すると1となる場合です。では,一部の相続人の相続分のみを指定している場合はというと,相続分の指定のなかった他の相続人の相続分は,残りの部分について法定相続分によります(民法902条2項)。例えば, Aが,妻Bと子CとDを残して死亡したが,Aが遺言書に「妻Bは遺産の4分の3の割合で相続させる」とだけしていた場合,残りの遺産4分の1については,子CとDが法定相続分に従い,遺産の8分の1ずつそれぞれ相続します。
相続人全員の相続分を指定しているものの,その割合を合算すると1とならない場合はどうなるでしょうか。例えば,Aが,妻Bと子CとDを残して死亡したが,Aが遺言書に「妻Bは遺産の4分の3,子Cは遺産の3分の2,子Dは遺産の2分の1の割合で相続させる」としていた場合です。このときは,各自の指定された割合に比例して各自の指定相続分が修正されます。この例では,B:C:D=4分の3:3分の2:2分の1=9:8:6の割合での相続分指定がなされていると解します(Bの指定相続分は23分の9, Cの指定相続分は23分の8, Dの指定相続分は23分の6となります。)。
なお,民法908条は,被相続人が,遺言で,遺産の分割の方法を定め,若しくは定めること第三者に委託することができるとしています。これは遺言による遺産分割方法の指定というもので,本来的には,法定相続分をそのままに,その範囲内で相続財産を共同相続人間でどう配分するか遺言で指定することを念頭に置いています。例えば,Aが死亡し,妻B,子CとDが相続人で,相続財産が評価額2000万円の土地・建物,2000万円の預金としたときに,Aが遺言で「土地・建物はBが相続し,CとDは預金を1000万円ずつ相続する。」と記していたような場合です。相続分の指定とは異なりますから区別してください。
10-3 法定相続分
法定相続分を定めるのが民法900条です。
民法900条は,配偶者相続人がいる場合,①配偶者相続人と血族相続人全体(血族相続人の人数とは無関係。)で,それぞれの相続割合を決め(民法900条1~3号),②①で決まった全体の相続割合を同順位の血族相続人間でどう振り分けるか決めるとしています(民法900条4号)。
配偶者相続人がいない場合は,②により同順位の血族相続人間で相続割合を割り振ることとなります。
①について,まず,配偶者相続人と血族相続人が子の組み合わせのときは,それぞれの法定相続分は,配偶者が2分の1,子のグループが2分の1となります(民法900条1号)。
次に,配偶者相続人と血族相続人が直系尊属の組み合わせのときは,それぞれの法定相続分は,配偶者が3分の2,直系尊属のグループが3分の1となります(民法900条2号)。
配偶者相続人と血族相続人が兄弟姉妹の組み合わせのときは,それぞれの法定相続分は,配偶者が4分の3,兄弟姉妹のグループが4分の1となります(民法900条3号)。
なお,配偶者相続人の法定相続分については,1980(昭和55)年の民法改正で相続分が拡張され,上述の割合となっています。したがって,どの時点で相続が開始したかにより,適用される法が変わり,法定相続分も変わってきますので,注意していください。
②について,同順位の血族相続人の間では,等しく分けられます(民法900条4号)。
ただし,父母の一方のみを共通とする兄弟姉妹は,父母の両方を共通とする兄弟姉妹の相続分の2分の1とされています(民法900条4号ただし書)。この相続分の違いは,血縁関係の濃さから説明されます。この民法900条4号ただし書が適用される場合,例えば,Aが死亡し,妻B,両親を同じくする兄弟CとD,同じ父親だが母親を異にする兄弟Eが相続人となる場合,Bが4分の3,CとDが各20分の2,Eが20分の1の法定相続分となります。
全血兄弟姉妹・半血兄弟姉妹で法定相続分を別にする民法900条4号は,兄弟姉妹として相続する場合にのみ適用されます。子として相続する場合,例えば,Aが死亡し,妻B,両親を同じくする子CとD,Aが父親だが母親はBではなくAの先妻である子Eが相続人となる場合,Eの相続分とC・Dの相続分は等しく,半分ではありませんの注意してください。
なお,民法900条4号ただし書には,かつてその前段で,非嫡出子の相続分は嫡出子の相続分の2分の1とする規定を置いていました。しかし,最大決平25・9・4民集67巻6号1320頁は,憲法14条1項に違反し違憲であると判断しました。この違憲判決を受けて, 非嫡出子の相続分は嫡出子の相続分の2分の1とする規定は2013(平成25)年の法改正により削除されました。
もっとも,平成25年の最高裁大法廷決定や改正法の経過措置の前に開始した相続については注意が必要です。改正法の経過措置は, 平成25年の最高裁大法廷決定の翌日である2013(平成25)年9月5日以降に開始した相続について適用されるとしています。また,平成25年の最高裁大法廷決定は,2001(平成13)年7月以降に開始した相続について,非嫡出子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1とする処理を違憲としています。しかし, 2001(平成13)年7月より前,少なくとも2000(平成12)年9月までに開始した相続で,非嫡出子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1とする処理を合憲とした最高裁決定は,平成25年の最高裁大法廷決定で否定されていません。したがって, 2001(平成13)年7月より前,少なくとも2000(平成12)年9月までに開始した相続について非嫡出子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1とする処理は,許容されることになります。
10-4 具体的相続分
10-4-1 具体的相続分の概要
具体的相続分が,法定相続分あるいは指定相続分を前提に,相続人間の公平を実現するため,相続人がすでに得ている特別の利益(特別受益)や被相続人に対する貢献(寄与分)を考慮する修正を加えて得る,遺産分割手続における分配の前提となるべき計算上の価額又はその価額の遺産の総額に対する割合(最判平12・2・24民集54巻2号523頁)であることはすでに述べたとおりです。
具体的相続分は,①相続開始時の相続財産に,特別受益の贈与を加算し(持ち戻し),寄与分を控除して「みなし相続財産」を算定し,②「みなし相続財産」を法定相続分または指定相続分で各共同相続人に分けて「一応の相続分」を確定し,③各共同相続人の「一応の相続分」より,特別受益(遺贈・贈与)を受けた共同相続人についてはその特別受益額を控除し,寄与分が認めれられた共同相続人についてはその寄与分額を加算して求めます。
例えば,Aが死亡し,妻Bと子C・D・Eが共同相続人で,遺産総額が2億円だが,子Cは事業資金として生前のAから贈与を受けており,相続開始時の価額に換算すると2000万円の特別受益があり,さらに,Aは遺言で2000万円を子Dに遺贈している一方,妻Bには4000万円の寄与分が認められるときの具体的相続分は,
①Aの遺産2億円に,子Cの特別受益の贈与2000万円を加算し(子Dの遺贈2000万円はAの遺産2億円の中に含まれているので加算しません),妻Bの寄与分4000万円を控除すると,みなし相続財産の価額は1億8000万円となります。
②①のみなし相続財産1億8000万円を各共同相続人に法定相続分(指定相続分をいう遺言はありません)で割り付けると,妻Bが9000万円,子C・D・Eが各3000万円の一応の相続分を確定します。
③②の一応の相続分より,特別受益を受けている共同相続人からは特別受益額を控除し,寄与分が認められる共同相続人には寄与分を加算します。
B 9000万円+4000万円=1億3000万円
C 3000万円-2000万円=1000万円
D 3000万円-2000万円=1000万円
E 3000万円
これが具体的相続分であり,割合で示すと
B:C:D:E=13,000:1,000:1,000:3,000=13:1:1:3
となります。
10-4-2 特別受益
10-4-2-1 特別受益による調整の具体的方法
特別受益について定めるのが民法903条1項です。そこでは,「共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第900条から第902条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。」とされています。ここで示されているプロセスは,「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし」=上記「具体的相続分の概要」で示した①,「第900条から第902条までの規定により算定した相続分」=上記「具体的相続分の概要」で示した②,「(②)の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする」=上記「具体的相続分の概要」で示した③というように,具体的には上記①~③のとおりです。
10-4-2-2 特別受益にあたる利益ー遺贈,婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本としての贈与
共同相続人が被相続人から受けたどのような利益が特別受益にあたるのかについて,民法903条1項は,「遺贈」,「婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として(の)贈与」としています。
まず,遺贈について,特別受益として扱われるのは「相続人に対する特定遺贈」です。包括遺贈や非相続人に対する特定遺贈は,ここでの「遺贈」にはあたりません。
なお,「特定の遺産を特定の相続人に相続させる」旨の遺言である特定財産承継遺言の対象となる遺産は,相続開始と同時に特定の相続人に移転し,遺産分割の対象からはずれるとされていて,この点で上述の「相続人に対する特定遺贈」と同質と考えられることから,特別受益として扱われます。
贈与による特別受益が問題となるのも,被相続人から利益を受けたのが相続人の場合に限ります。被相続人が,相続人と生計を同一にする相続人の配偶者に贈与をしても,相続人の特別受益とはなりません。
贈与については,婚姻・養子縁組のための贈与,生計の資本としての贈与という贈与の目的が条文上で限定されています。もっとも,特別受益にあたる贈与かどうかは,目的との関係で贈与の性質を分析するというよりは,その金額等に照らして,他の相続人との関係で公平性を確保することが必要なのかといった観点から,実質的に判断されるべきであるとの見解もあります。
贈与による特別受益として主張される(贈与による特別受益にあたる・あたらないはさておき主張される,という趣旨)ことが多いのは,結納金,挙式費用,持参金,支度金,事業資金,高等教育の費用,継続的な資金援助,住宅購入資金,借入金,債務の肩代わり,債務の免除,借地権の権利金,土地・建物の無償使用などです。
共同相続人の1人が受取人とされる生命保険金が,相続財産とはならないことはすでに述べたとおりです。したがって,生命保険金をもって特別受益にあたるということも原則ないはずです。もっとも,判例は,「保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には,同条の類推適用により,当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となる」として,例外的に生命保険金が特別受益にあたる場合もあることを認めています。そして,「特段の事情」については,「保険金の額,この額の遺産の総額に対する比率のほか,同居の有無,被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人との関係,各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきである」としています(最決平16・10・29民集58巻7号1979頁)。なお,特段の事情ありとされた場合の特別受益額は,保険料や解約返戻金ではなく生命保険金額と解すべきという見解があります。
生命保険金と同様に相続財産とならない死亡退職金については,確立した判例はなく,特別受益であるとすべきという見解もあれば,生命保険と同様に原則特別受益にあたらないが,特段の事情があるときは例外的に特別受益にあたるとする見解もあります。
10-4-2-3 みなし相続財産の算定ー基点,債務の扱い,加算する贈与の価額の基準時,贈与財産の滅失等
民法903条1項は,「みなし相続財産」を確定する際の基点を「相続開始の時において有した財産の価額」としています。このことの意味は,①基礎とするのが相続開始時に存在していた財産であること,②相続財産の価額の評価も相続開始時を基準とすること,そして,③ここでの「財産」は債務(消極財産)を控除しない積極財産をいうこととされます。民法903条1項と同じ「相続開始の時において有した財産の価額」という全く同じ文言を使う民法1043条1項では,債務(消極財産)を控除しない積極財産をいうことが明らかであることが, ③のように債務(消極財産)を控除しないとする根拠のひとつです。
その上で,贈与を持戻す場合に加算すべき贈与の価額は,贈与時ではなく相続開始時が基準時とされています。具体的には,①贈与財産が金銭であるときは,その贈与の時の金額を相続開始時の貨幣価値に換算した価額をもって評価する(最判昭51・3・18民集30巻2号111頁),②贈与財産が不動産や動産であるときも,金銭の贈与と同様に,相続開始時の価額に換算して評価する,となります。このように相続開始時を基準と解するのは,共同相続人相互の公平を維持することを目的とする特別受益の趣旨より説明されます。
贈与財産が不動産や動産であるとき,相続開始前に滅失したり,価格の増減があったときはどう考えるべきでしょうか。この点について民法904条は,「受贈者の行為によって,その目的である財産が滅失し,又はその価格の増減があったときでも,相続開始の時においてなお原状のままであるものとみなしてこれを定める」と規定しています。したがって,受贈者の行為による滅失・価格の増減は無視され,その不動産や動産が相続開始時点でも原状のまま存在するものと仮定して,相続開始時点での価額に換算して評価することとなります。
他方,受贈者の行為によらない滅失等が生じた場合については,民法904条のような規定はありませんので,解釈により,①天災など不可抗力によって滅失してしまった場合には持戻しの対象とならない,②天災など不可抗力によって価格の増減があった場合には相続開始時で評価する,③経年変化などによって目的物が劣化した場合には受贈当時のまま相続開始時にあるものとして評価される,とされています。
10-4-2-4 持戻しの免除の意思表示
被相続人は,持戻しの免除をすることができ(民法903条3項),相続人間の公平を被相続人の意思によって排除することができます。一般に「持戻し免除の意思表示」といわれます。
被相続人による持戻しの免除の意思表示の方法について定めはなく,生前行為によっても,遺言によっても可能です。
なお,2018(平成30)年の法改正により,婚姻期間が20年以上である夫婦の一方が他の一方に対し,その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは,持戻しの免除の意思表示があったものと推定されるとする規定が新設されています(民法903条4項)。
それでは,持戻しの免除の意思表示がある場合の具体的相続分について,簡単な事例で確認してみましょう。まず,特別受益にあたる贈与について,被相続人の持戻しの免除の意思表示があった場合です。
Aが死亡し,妻Bと子C・D・Eが共同相続人で,遺産総額が1億8000円だが,子Cは事業資金として生前のAから1500万円の贈与を受けており,それは相続開始時の価額に換算すると2000万円の価額であった,さらに,Aは遺言でCへの生前の贈与は持戻しを免除する旨の意思を表示していたときは,
①みなし相続財産の価額は1億8000万円となります。子Cの特別受益の贈与2000万円(贈与額1500万円ではなく相続開始時の価額)はAの持戻しの免除の意思表示がありますので加算しません。
②①のみなし相続財産1億8000万円を各共同相続人に法定相続分(指定相続分をいう遺言はありません)で割り付けると,妻Bが9000万円,子C・D・Eが各3000万円の一応の相続分を確定します。
③②の一応の相続分より,子Cの特別受益額は控除しません。Aの持戻しの免除の意思表示があるからです。一応の相続分は次のとおりとなります
B 9000万円
C 3000万円
D 3000万円
E 3000万円
これが具体的相続分であり,割合で示すと
B:C:D:E=9,000:3,000:3,000:3,000=3:1:1:1
となります。
ここでは,Aの持戻しの免除の意思表示により,①において贈与の特別受益額が加算されず,③において贈与の特別受益額が控除されないという計算が行われています。
次に,特別受益にあたる遺贈について,被相続人の持戻しの免除の意思表示があった場合です。
Aが死亡し,妻Bと子C・D・Eが共同相続人で,遺産総額が1億8000円だが, Aは遺言で2000万円を子Dに遺贈し,かつ,その遺贈について持戻しを免除する旨の意思を表示していたときは,
①みなし相続財産の価額は1億8000万円となります。子Dの特別受益の遺贈は, Aの持戻しの免除の意思表示にかかわらず,そもそも加算しません。
②①のみなし相続財産1億8000万円を各共同相続人に法定相続分(指定相続分をいう遺言はありません)で割り付けると,妻Bが9000万円,子C・D・Eが各3000万円の一応の相続分を確定します。
③②の一応の相続分より,子Dの特別受益額は控除しません。Aの持戻しの免除の意思表示があるからです。一応の相続分は次のとおりとなります
B 9000万円
C 3000万円
D 3000万円
E 3000万円
これが具体的相続分であり,割合で示すと
B:C:D:E=9,000:3,000:3,000:3,000=3:1:1:1
となります。
ここでは,Aの持戻しの免除の意思表示により,③において遺贈の特別受益額が控除されないという計算が行われています。
このように「持戻しの免除の意思表示」といっても,①で特別受益額の加算(持戻し)がされないのは贈与による特別受益の場合だけです。この意味で,遺贈について「持戻しの免除の意思表示」というのは正確ではないとの指摘がされることもあります。
10-4-2-5 超過特別受益
特別受益の処理③で,一応の相続分から特別受益額を控除した結果がマイナスになった場合を超過特別受益といいます。
この場合について,民法903条2項は「遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない」と規定しています。さらに,一応の相続分を超える超過受益について,超過特別受益者は返還する必要はないと解されています。
しかしながら,超過特別受益者のマイナス分を最終的にどう処理するかは民法903条2項には定めがありません。学説には諸説ありますが,そのうちの有力説の一つが,「残りの共同相続人の具体的相続分で相続財産(遺贈を除く)の共有割合を決定する」というものです(具体的相続分基準説)。
その内容を例で示せば, Aが死亡し,妻Bと子C・D・Eが共同相続人で,遺産総額が1億8000円だが,子Cは事業資金として生前のAから1500万円の贈与を受けており,相続開始時の価額に換算すると6000万円の価額であったときは,
①みなし相続財産の価額は,1億8000万円に子Cの特別受益の贈与6000万円(贈与額1500万円ではなく相続開始時の価額)を加算した2億4000万円となります。
②①のみなし相続財産2億4000万円を各共同相続人に法定相続分(指定相続分をいう遺言はありません)で割り付けると,妻Bが1億2000万円,子C・D・Eが各4000万円の一応の相続分を確定します。
③②の一応の相続分より,子Cの特別受益額を控除すると,一応の相続分は次のとおりとなります
B 1億2000万円
C 4000万円-6000万円=-2000万円
D 4000万円
E 4000万円
Cは超過特別受益者であり,相続分を受けることはできません。すべての共同相続人の具体的相続分を割合で示すと
B:C:D:E=12,000:0:4,000:4,000=3:0:1:1
となり,各自その割合で現存する遺産総額1億8000円に対する権利を有することになります。
もっとも,上記理論にかかわらず,遺産分割調停では,超過特別受益者を相続人ではなかったものとして,計算上相続人から除き,超過特別受益者の特別受益も持ち戻さないという処理が行われることがあります。
10-4-3 寄与分
10-4-3-1 寄与分による調整の具体的方法
寄与分について定めるのが民法904条の2第1項です。そこでは,「共同相続人中に、被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から共同相続人の協議で定めたその者の寄与分を控除したものを相続財産とみなし、第900条から第902条までの規定により算定した相続分に寄与分を加えた額をもってその者の相続分とする」とされています。ここで示されているプロセスは,「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から…寄与分を控除したものを相続財産とみなし」=上記「具体的相続分の概要」で示した①,「第900条から第902条までの規定により算定した相続分」=上記「具体的相続分の概要」で示した②,「(②)に寄与分を加えた額をもってその者の相続分とする」=上記「具体的相続分の概要」で示した③というように,具体的には上記「具体的相続分の概要」①~③のとおりです。
10-4-3-2 寄与分決定の手続
寄与分は共同相続人の協議で定めるとされ,その協議が整わないときは家事調停を行い(民法904条の2第1項),調停不成立のときは家庭裁判所の審判により決定されます(民法904条の2第2項,家事事件手続法191条2項・192条・193条・244条・別表第2の14)。
寄与分の請求は,原則,遺産分割手続の中で行うとされていて(民法904条の2第4項),家庭裁判所において寄与分を請求するには,遺産分割調停・審判が行われていなければなりません。
家庭裁判所における寄与分の請求のうちの調停については,「寄与分を定める処分調停」という手続がありますが,遺産分割調停が行われていれば,寄与分を定める処分調停の申立ては別途求められず, 遺産分割調停の中で寄与分について協議するという進行となることが通常です。遺産分割調停が不成立に終わり,審判移行となったときに「寄与分を定める処分審判」の申立てをいよいよすることになります(もっとも,昭和55年12月31日以前の相続については,現行寄与分制度創設前であり,審判申立ては不要です。)。
10-4-3-3 寄与分にあたる寄与
民法904条の2で寄与分として扱われるのは,「相続人の寄与」についてのみです。一方,相続人以外の被相続人の親族による寄与に関しては,2018(平成30)年の法改正により,特別寄与料の制度が新設されています(民法1050条)。
寄与分とされる寄与は,「特別の寄与」であると定められています(民法904条の2第1項)。この寄与の特別性では,まず,被相続人と相続人との間の身分関係に基づいて通常期待される程度を超える特別の貢献をしたことが求められるとされます。被相続人と相続人との間では,夫婦間の扶養義務(民法752条),直系血族・兄弟姉妹間の扶養義務(民法877条1項)などがありますが,共同相続人の被相続人への行為が,これら扶養義務等として通常期待される程度の範囲内のものとされれば,それは「特別の寄与」にはあたらないとされます。
実務では,これら扶養義務等の範囲を広く解する傾向にあり, 「特別の寄与」が認められる事例は多くありません。もっとも,被相続人の扶養に貢献した相続人と一切貢献のなかった相続人とがいる中で,その扶養の貢献が「特別の寄与」にあたらないとして寄与分とされず,遺産相続で不均衡が生ずるなどとして,こうした考え方に批判的な見解も展開されています。
また,寄与の特別性として,寄与の無償性,すなわち寄与行為に対する対価や補償を受けていないことが求められるとされます。
さらに,寄与分として扱われるのは,「被相続人の財産の維持又は増加」についての寄与でなければなりません(民法904条の2第1項)。財産的な貢献とは無関係な寄与は,寄与分として評価されません。
具体的な寄与行為の態様について,民法904条の2第1項では,「被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法」とされ,その態様のいかんを問わないと理解されています。もっとも,実務では,寄与行為の態様として5つの類型(①療養看護型,②家事従事型,③金銭出資型,④財産管理型,⑤扶養型)を想定し,各類型ごとに寄与分と評価されるための要件を定めていて,寄与分を請求する相続人は,どの類型の寄与行為か,その類型の要件は充たしているのか主張・立証することが求められるのが通常です。
寄与行為は,相続開始前までのものが寄与分として評価されます。相続開始後の相続財産の維持又は増加に対する貢献を寄与分として主張しても,失当と扱われます。
10-4-3-4 みなし相続財産の算定
民法904条の2第1項は,「みなし相続財産」を確定する際の基点を「相続開始の時において有した財産の価額」としています。このことの意味は,①基礎とするのが相続開始時に存在していた財産であること,②相続財産の価額の評価も相続開始時を基準とすること,そして,③ここでの「財産」は債務(消極財産)を控除しない積極財産をいうこととされます。特別受益に関する民法903条1項と同様の文言・解釈です。
10-4-3-5 寄与分と遺贈,寄与分と遺留分
民法904条の2第3項は,「寄与分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることができない」とされています。したがって,遺贈は寄与分による修正を受けず,遺産から遺贈を差し引いた金額が上限となります。
他方,遺留分については民法904条の2第3項のような規定がないことから,寄与分は遺留分に優先し,例えば,遺贈がない場合は遺産のすべてを寄与分として扱うことも不可能ではないと言われることもあります。もっとも,遺留分が相続財産から与えられる最低限の保障であることからすれば,いくら寄与の程度が大きくても,遺留分を侵害するような寄与分は回避すべきと主張されることもあります。
10-4-4 特別寄与料請求権
10-4-4-1 相続人以外の被相続人の親族による寄与
民法904条の2で寄与分として扱われるのは,「相続人の寄与」についてのみですが,相続人以外の被相続人の親族による寄与に関しては,2018(平成30)年の法改正により,特別寄与料の制度が新設されました(民法1050条)。民法1050条1項は,「被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした被相続人の親族(相続人、相続の放棄をした者及び第891条の規定に該当し又は廃除によってその相続権を失った者を除く。以下この条において「特別寄与者」という。)は、相続の開始後、相続人に対し、特別寄与者の寄与に応じた額の金銭(以下この条において「特別寄与料」という。)の支払を請求することができる。」としています。
なお,寄与分と対比しながら論じるため,寄与分に続けて特別寄与料請求権について説明していますが,後述のとおり,特別寄与料請求権は遺産分割の中で考慮されるものではなく,具体的相続分の計算においても考慮されません。この点,注意ください。
10-4-4-2 特別寄与者
相続人による寄与については寄与分で調整することが可能ですから(民法904条の2),特別寄与料が請求できる特別寄与者は,相続人ではない被相続人の親族,すなわち6親等内の血族,3親等内の姻族です(民法725条,被相続人の配偶者も親族ですが,配偶者は常に相続人になりますので,特別寄与料の請求者とはなりません。)。
例えば,Aには子B・Cがおり,Aは生前事業を営んでいたところ,Aが高齢で事業を営むのが困難となってからは,子B,子Bの妻D,子Bの子EがAを助けて実質的に事業経営にあたっていたという状況でAが死亡した場合で考えると,相続人は子B・Cであり,子Bの貢献は寄与分として調整されることになりますが(民法904条の2),子Bの妻D,子Bの子Eはいずれも相続人ではありませんので,その貢献は特別寄与料請求により評価されることになります(民法1050条1項)。
相続人ではありませんが,相続放棄をした者,相続欠格事由に該当する者,廃除された者は,特別寄与者から除かれています(民法1050条1項括弧書)。これらの者は,相続人の資格があれば寄与分による調整が期待できた以上,特別寄与料請求で救済する必要性に乏しいため,特別寄与者から除外されています。
10-4-4-3 特別寄与料が認められる寄与
寄与分とされる寄与は,「特別の寄与」であると定められていて(民法904条の2第1項),この寄与の特別性では,被相続人と相続人との間の身分関係に基づいて通常期待される程度を超える特別の貢献をしたことが求められるとされます。
特別寄与料請求でも,条文上,「特別の寄与」と寄与分と同じ文言が使われていますが(民法1050条1項),特別寄与料の「特別の寄与」は,寄与分における「特別の寄与」とは異なり,貢献の程度が一定程度を超えることを要求する趣旨であると説明されています。
寄与の特別性として,寄与の無償性,すなわち寄与行為に対する対価や補償を受けていないことが求められること,「被相続人の財産の維持又は増加」についての寄与でなければならないことは,寄与分における特別の寄与と同様です(民法1050条1項)。寄与の無償性については,民法1050条1項で明文により定められています。
具体的な寄与行為の態様については, 寄与分における寄与行為の態様について,民法904条の2第1項では,「被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法」とされている一方,特別寄与料請求における寄与行為の態様は,「療養看護その他の労務の提供をしたこと」とされています(民法1050条1項)。これは,特別寄与料請求による紛争の長期化,複雑化を懸念し,寄与行為の態様を限定したもので,労務の提供を伴わないような寄与,例えば,寄与分における寄与の5類型のうちの金銭出資型特別寄与などは除く趣旨であると説明されています。
10-4-4-4 特別寄与料請求の手続・金額・負担者
寄与寄与料は,特別寄与者と相続人の協議で定めるとされ,その協議が整わないときは,特別寄与者は,家庭裁判所に「協議に代わる処分」を請求できるとされています(民法1050条2項本文)。調停手続を利用する場合は,特別の寄与に関する処分調停を申し立てます。調停手続で話合いがまとまらず,調停が不成立となった場合には,審判手続が開始され,家庭裁判所が,寄与の時期,方法及び程度,相続財産の額その他一切の事情を考慮して,特別寄与料の額を定め(民法1050条3項),その支払いを命じることになります(家事事件手続法216条の3)。
もっとも,特別寄与料の額は,被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることができないとされていて(民法1050条3項),寄与分と同様,遺贈優先のルールがあります(民法904条の2第3項)。
寄与分の請求は,原則,遺産分割手続の中で行うとされていて(民法904条の2第4項),家庭裁判所において寄与分を請求するには,遺産分割調停・審判が行われていなければなりません。一方,特別寄与料は遺産分割手続の中で考慮されるものではありませんので, 家庭裁判所において特別寄与料金を請求するのに,遺産分割調停・審判が行われていなければならないということはありません。
特別寄与料の請求の相手方は相続人です(民法1050条1項)。相続人が複数の場合,相続分(法定相続分または指定相続分)に応じて負担することになります(民法1050条5項)。
10-4-4-5 特別寄与料請求の権利行使の期間制限
特別寄与者は,相続の開始及び相続人を知った時から6か月を経過したとき,または相続開始の時から1年を経過したときは,特別寄与者は,家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができなくなりますので注意してください(民法1050条2項ただし書)。
10-4-5 特別寄与者以外の貢献の考慮
相続人以外の貢献については,以前より議論の積み重ねがあり,2018(平成30)年の法改正で創設された特別寄与料により,被相続人の親族による貢献は制度の中で評価することができるようになりました。しかし,上述の例で,Aには子B・Cがおり,Aは生前事業を営んでいたところ,Aが高齢で事業を営むのが困難となってからは,子B,子Bの妻D,子Bの子EがAを助けて実質的に事業経営にあたっていたという状況でAが死亡した場合で,子Bの妻Dが内縁の配偶者であったとき,DはAの親族ではありませんので特別寄与者に該当しません。こうした特別寄与者に該当しない者の貢献の評価という問題は,2018年(平成30)年の法改正を経た今でも残されています。
この点については,現状は従来の議論のとおり,①被相続人との委任契約に基づく費用償還請求権(民法650条1項),②被相続人または相続人に対する事務管理を理由とする有益費償還請求権(民法702条1項),③被相続人に対する不当利得返還請求権(民法703条,704条),④相続人の補助者として相続人の寄与分の中で考慮する(民法904条の2)などの法律構成によることが考えられるとされています。
11 個々の相続財産上の持分の譲渡,相続分の譲渡・取戻し・放棄
11-1 個々の相続財産上の持分の譲渡
共同相続人による相続財産の共有(民法898条)は遺産共有と呼ばれ,遺産分割による終局的な帰属確定にいたるまでの一時的・暫定的な状態であると位置づけられています。この遺産共有では,共同相続人は各自の相続分(法定相続分または指定相続分)に応じた持分を有しており,それは個々の相続財産について共有持分を有していると考えられています(最判昭30・5・31民集9巻6号793頁)。遺産共有は個々の相続財産についての共有ではなく,遺産全体について特殊な共有であるとする見解もありますが,判例はその立場にはありません。
したがって,遺産共有の状態にある個々の相続財産上の持分(繰り返しますが,法定相続分または指定相続分に応じたものです)を,その持分を有する共同相続人は譲渡することができます(最判昭38・2・22民集17巻1号235頁)。例えば,Aが死亡し,子のB・C・Dが相続人で,相続財産として土地があるときに,Dがこの土地の持分である3分の1を,第三者であるEに譲渡することは可能です。この場合,譲渡された個々の相続財産の分割は,後述する相続分の譲渡や遺産分割ではなく,民法が定める物権法の共有の理論に従った共有物分割の手続によるとされています。上述の例で言えば,土地の持分をDから譲り受けたEは,その分割のためには,B・Cと遺産分割協議をするのではなく,民法256条の共有物分割の請求,民法258条の裁判による共有物の分割を求めることになります。
11-2 相続分の譲渡
では,遺産共有の状態にある個々の相続財産上の持分の譲渡ではなく,相続分自体の譲渡は可能かというと,これも可能と考えられています。その理由は,相続分の取戻権を認める民法905条が,相続分の譲渡が可能であることを前提としているからです。
この相続分の譲渡は,相続人としての地位の包括的移転を意味するとされていますので,ここでいう「相続分」は,法定相続分や指定相続分ではなく,具体的相続分であると解されていますので注意してください。また,同様の理由により,「相続分」には積極財産のみならず消極財産も含まれます(最判平13・7・10民集55巻5号955頁)。相続分の譲渡による債務の移転は,相続債権者との関係では債務引受の問題となり,これを免責的債務引受とするか(譲渡人である共同相続人は相続債務を免れる),併存的債務引受(譲受人と譲渡人である共同相続人が債務者となる)とするかなど,見解は分かれています。
相続分の譲渡の相手方は,共同相続人ではない第三者のこともあれば(民法905条1項),他の共同相続人のときもあります(最判13・7・10民集55巻5号955頁)。譲受人が第三者のとき,この第三者に相続人としての地位が包括的に移転しますから,第三者は遺産分割手続に関与することとなります。譲受人が他の共同相続人のときは,その共同相続人は,従前から有していた相続分と新たに取得した相続分とを合計した相続分を有する者として遺産分割に加わることとなります(最判13・7・10民集55巻5号955頁)。
相続分の譲渡は,遺産分割の前でなければならないことは無論ですが,有償でも無償でも構いません。譲渡にあたり他の共同相続人への通知も必要でないと解されています。
11-3 相続分の取戻し
民法905条1項は,「共同相続人の一人が遺産の分割前にその相続分を第三者に譲り渡したときは、他の共同相続人は,その価額及び費用を償還して、その相続分を譲り受けることができる」と定めていて, 遺産共有の状態にある個々の相続財産上の持分の譲渡ではなく,相続分の譲渡が行われたとき,他の共同相続人は,価額と費用を償還することで,その相続分を取り戻すことが可能です。
これは相続分の取戻権と呼ばれるものですが,このような規定が置かれていることは,遺産分割の際に相続人以外の第三者が介入することを回避するためなどと説明されます。したがって,この相続分の取戻権が行使されるのは譲受人が第三者の場合だけで,他の共同相続人が譲受人となる場合は行使できないと解されています。
相続分の取戻権を行使するときに償還する価額は,譲渡された相続分の「取戻し時における評価額」です。譲渡の対価ではありませんので,無償譲渡の場合,相続分の取戻権を行使する共同相続人は,取戻し時における相続分の評価額を譲受人に支払わなければなりません。
相続分の取戻権が行使されたときの効果については,諸説ありますが, 相続分の取戻権を行使した共同相続人にその相続分は移転し, 相続分の取戻権のための価額及び費用もこの共同相続人の負担となるとする見解が有力です。
相続分の取戻権は,1か月以内に行使しなければならないとされ(民法905条2項),この1か月の起算点は「譲渡時」と解されています。
無償の相続分の譲渡が共同相続人間で行われ,譲受人が譲渡人の相続人でもある場合,その譲渡は譲渡人の相続において特別受益にあたる贈与になり得ます(最判平30・10・19民集72巻5号900頁)。例えば,Aが死亡し,相続人が妻B,子C・Dのときに,Aの相続における相続分をBが無償でCに譲渡し,その後Bが死亡したとすると,Bの相続において上述の相続分の譲渡はCの特別受益とされ,具体的相続分の計算の中で調整される可能性があります。
11-4 相続分の放棄
民法に明文の規定はありませんが,相続人は,相続開始後に自身の意思表示により,相続分を放棄することができるとされています。この場合,相続の放棄(民法915条)とは異なり家庭裁判所への申述は不要で,熟慮期間(民法915条)の制限もありません。
相続の放棄と異なり,相続分の放棄をしても相続人としての地位を失うわけではありませんが,この相続分の放棄がされると,積極財産につき物権法に関する民法255条の法意に従い,他の共同相続人の各自の相続分の割合に従い分配されると解されています。例えば, Aが死亡し,相続人が妻B,子C・D・Eのときに,Cが相続分の放棄をしたとすると,Cの相続分である6分の1が,B2分の1:D6分の1:E6分の1=3:1:1の割合で分配されるので,Bの持分は15分の9,C・Dの持分はそれぞれ15分の3となります。
他方, 相続分の放棄がされても消極財産については免れないと解されていますので注意してください。
相続分の譲渡と相続分の放棄は全くの別物ですが,共同相続人による意思表示がそのいずれであるのか判別が困難な場合もあります。例えば,「相続人●●のために相続分を放棄する」という書面が作成されたような場合です。この点については,相続に係る共同相続人間の紛争に中立的立場をとるのが相続分の放棄,特定の共同相続人に財産的支援をする場合が相続分の譲渡であり,これを踏まえて意思表示の真意を確認すべきと主張されることがあります。
また,上述のとおり, 相続分の放棄がされると,積極財産につき物権法に関する民法255条の法意に従い,他の共同相続人の各自の相続分の割合に従い分配されると解されています。しかし,共同相続人間でグループに分かれて紛争が生じている場合,相続分の放棄をいう共同相続人も,その真意は特定のグループにのみ自己の相続分を分配するというものであることがあります。その場合は相続分の放棄ではなく,肩入れする一方グループの共同相続人への相続分の譲渡という方法をとることとなります。
<参考文献>
潮見佳男『詳解相続法』(弘文堂,2018年)
窪田充見『家族法ー民法を学ぶ(第4版)』(有斐閣,2019年)
三木義一・末崎衛『相続・贈与税(第2版)』(信山社、2013年)
日本税理士会連合会編『相続税法規通達集(令和元年7月1日現在)』(中央経済社,2019年)
更新日 2020(令和2)年9月10日