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  • 執筆者の写真弁護士古賀象二郎

福岡の弁護士が未払残業代を解説~「労働基準法上の(実)労働時間」性

★未払残業代請求の基礎知識についてはこちらをご覧ください。


<本日の内容>

1 「労働基準法上の(実)労働時間」性の具体的判断~本作業前後の諸活動

2 判例・裁判例ー三菱重工業長崎造船所事件,三菱重工業長崎造船所事件(一次訴訟・組合側上告)

3 「労働基準法上の(実)労働時間」性の具体的判断~研修・教育,企業の行事(運動会,忘年会など)への参加

4 判例・裁判例ーNTT西日本ほか(全社員販売等)事件


1 「労働基準法上の(実)労働時間」性の具体的判断~本作業前後の諸活動

 労働者が未払残業代を請求するにあたり,労務の本作業前後の諸活動が労働基準法上の(実)労働時間に該当するかどうかが争われることがあります。そのときには,職務遂行に必要な行為で職務と同視できるか,および,それらの活動が労働者に義務付けられているかという点から判断されるとする 見解があります(水町勇一郎『詳解労働法』(東京大学出版会,2019年)648頁)。

 ここでは「(実)労働時間」を「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」と判示した三菱重工業長崎造船所事件(最一小判平成12・3・9民集54巻3号801頁)と,三菱重工業長崎造船所(一次訴訟・組合側上告)事件(最一小判平成12・3・9労判778号8頁)について検討します。区別のため,以下では前者を三菱重工業長崎造船所(会社側上告)事件,後者を三菱重工業長崎造船所(組合側上告)事件としています。


2 判例・裁判例ー三菱重工業長崎造船所事件,三菱重工業長崎造船所事件(一次訴訟・組合側上告)

 両事件において判示のあった本作業前後の諸活動は,始業時間前では,①所定の入退場門から事業所内に入って更衣所又は控所等までの移動,②更衣所又は控所等において作業服及び保護具,工具等の装着,③更衣所又は控所等から準備体操場までの移動,④材料庫等からの副資材や消耗品等の受出し,粉じん防止のための散水でした。終業時間後では,⑤作業場等から更衣所又は控所等までの移動,⑥更衣所又は控所等において作業服及び保護具,工具等の脱離,⑦手洗い,洗面,洗身,入浴,通勤服の着用,⑧更衣所又は控所等から所定の入退場門までの移動でした。


 これら本作業前後の諸活動につき,まず①・⑧の各移動は,使用者である三菱重工業長崎造船所の指揮命令下に置かれたものと評価することができないとして,各移動時間は労基法上の労働時間に該当しないとされています(三菱重工業長崎造船所(組合側上告)事件)。

 また,⑦の洗身等については,実作業の終了後に事業所内の施設において行うことを義務付けられておらず,特に洗身等をしなければ通勤が著しく困難であるとまではいえなかったのであるから,これに引き続いてされた通勤服の着用も含めて, 使用者である三菱重工業長崎造船所の指揮命令下に置かれたものと評価することはできず,洗身等の時間は労基法上の労働時間に該当しないとされています(三菱重工業長崎造船所(組合側上告)事件)。


 他方で,未払残業代を請求した労働者は,実作業に当たり作業服及び保護具,工具等の装着を義務付けられ,また,その装着を事業所内の所定の更衣所又は控所等において行うものとされていたのであるから,②の装着,③・⑤の各移動,⑥の脱離は, 使用者である三菱重工業長崎造船所の指揮命令下に置かれたものと評価することができ,各行為に要した時間は労基法上の労働時間に該当するとされています。また,④の行為も同様であるとされています(三菱重工業長崎造船所(会社側上告)事件)。


 なお,休憩時間中の作業場等と食堂等の移動, 作業服及び保護具,工具等の脱離・装着については,使用者は,休憩時間中,労働者を就業を命じた業務から解放して社会通念上休憩時間を自由に利用できる状態に置けば足り,各行為に要する時間は,特段の事情のない限り労働基準法上の労働時間に該当するとはいえないとしています(三菱重工業長崎造船所(組合側上告)事件)。


3 「労働基準法上の(実)労働時間」性の具体的判断~研修・教育,企業の行事(運動会,忘年会など)への参加

 労働者が未払残業代を請求するにあたり,研修・教育,企業の行事(運動会,忘年会など)への参加が,労働基準法上の「(実)労働時間」に該当するか争われることがあります。


 この点については,参加が義務的で,会社業務としての性格が強ければ(実)労働時間となるとされています(菅野和夫『労働法(第12版)』(弘文堂,500頁))。

 行政解釈では,このうちの参加の義務ということに触れ,労働者が使用者の実施する教育に参加することについて,就業規則上の制裁等の不利益取扱による出席の強制がなく自由参加のものであれば,時間外労働にはならないとしています(昭26・1・10基収2875号等)。


4 判例・裁判例ーNTT西日本ほか(全社員販売等)事件

 会社が業務に関連したスキルアップとして推奨していたWEB学習時間について,自己研鑽の時間であり会社は支援ツールを提供しているだけであるとして労働時間ではないとしたのが,NTT西日本ほか(全社員販売等)事件(大阪高判平22・11・19労判1168号105頁))です。


 この事例で未払残業代を請求した労働者は,電信電話公社と期間の定めのない雇用契約を締結し,その後,電信電話公社を引き継いだ会社に雇用され,未払残業代が発生したと主張する期間はNTT西日本に雇用されつつ,NTT西日本‐兵庫(当時),平成18年7月1日からはNTTネオメイトにそれぞれ在籍出向していました。


 事件の争点は複数ありますが, WEB学習時間の労働時間性に関連する事実関係でいえば,WEB学習とは,会社が従業員に対し,業務に関連する技能の習得をさせるべく,WEB上のサービスを利用した学習活動を奨励するもので,NTT西日本の設置するサーバーから,インターネット回線を介して,利用者のコンピューターに教材のデータが送信され,これを視聴等することにより学習するものでした。

 インターネット回線を介して行われるため,従業員は自宅でWEB学習を行うこともできましたが,未払残業代を請求した労働者は,通常業務が終了した後,社内のパソコンを利用して連日1~2時間程度WEB学習を行っていました。ある上司はこの労働者にWEB学習によるスキルアップを明示的に求め,別の上司も通信教育等による自己啓発を求めるなどしていました。WEB学習の状況は,社内のシステムを通じて会社は把握していました。


 判決の原審(大阪地判平22・4・23労判1009号31頁)は,①会社がIP通信を重視するようになっていて,労働者がこれに関する知識を身につける必要性があったこと,②WEB学習の教材は,市販の書籍では勉強できない内容や,会社固有の仕様で作られた設備に関するもの等も含まれていて,会社の業務との関連性が密接で,労働者が受講したWEB学習も業務に密接関連するものであったこと,③上司がこの労働者にWEB学習によるスキルアップを明示的に求めるなどしたこと,④WEB学習の状況は社内のシステムで把握されていたことなどから,この労働者によるWEB学習は会社の業務上の指示によるものであって,労働時間性が認められるとしました。


 これに対し,判決はWEB学習の労働時間性を否定しました。

 判決は,WEB学習は,パソコンを操作してその作業をすること自体が会社が利潤を得るための業務ではなく,むしろ,会社が,各従業員個人個人のスキルアップのための材料や機会を提供し,各従業員がその自主的な意思によって作業をすることによってスキルアップを図るものとしています。そして,会社からしても各従業員が意欲をもって仕事に取り組み,仕事に必要な知識を身につけてくれることは重要であるから,WEB学習を奨励し,目標とすることを求めるものの,その効果は各人の能力や意欲によって左右されるものであるから,WEB学習の推奨は,まさに従業員各人に対し自己研鑽するためのツールを提供して推奨しているにすぎないのであって,これを業務の指示とみることはできないとしています。


2020年7月27日

福岡市中央区 古賀象二郎法律事務所

弁護士 古賀象二郎


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